手話の雑学102

次にカッシーラの主張をご紹介しますが、その前に、まずランガーとカッシーラの関係を説明しておきます。スザンヌ・K・ランガー(Susanne K. Langer)とエルンスト・カッシーラ(Ernst Cassirer)の関係は、一言で言えば「師の理論を、弟子が別の領域へ大胆に展開した関係」です。ただし、単なる継承ではなく、かなり創造的なズレがあります。カッシーラは、新カント派(マールブルク学派)に属し、人間を「象徴的動物(animal symbolicum)」と定義しました。人間は世界をそのまま受け取るのではなく、神話・言語・宗教・芸術・科学といった「象徴形式(symbolische Formen)」を通して世界を構成する、という考えです。ここでの象徴は、単なる記号ではありません。世界の見え方そのものを組織する認識の枠組みです。
ランガーはこの思想を、真正面から受け取り、カッシーラの著作を英語圏に紹介した重要人物でもあります。ただし、ランガーはそこで止まらず、カッシーラは象徴形式を文化哲学・認識論として扱ったのに対し、ランガーはそれを美学・感情・芸術の理論へと持ち込みます。ランガーはこう考えました。言語は「論理的・命題的な象徴」だが、それだけが人間の象徴活動ではない。
音楽、絵画、舞踊、演劇――これらは命題を語らないが、感情や経験の“かたち”を正確に象徴している。彼女はこれを「提示的象徴(presentational symbol)」と呼び、言語のような「言表的象徴(discursive symbol)」と区別しました。ここがカッシーラ理論からの拡張点です。
カッシーラは芸術を象徴形式の一つとして扱いましたが、感情や時間的体験の内部構造まで踏み込んではいません。ランガーはそこに切り込み、音楽は感情を表現するのではなく、感情の論理的構造を象徴するという主張をします。
つまり関係を図式化すると、
・カッシーラ
人間=象徴を通して世界を構成する存在
象徴=文化全体を支える認識形式
・ランガー
人間=言語を超えた多様な象徴を操る存在
象徴=とくに感情・経験・時間性を“形式化”する装置
という分業関係になります。もう一歩踏み込むと、ランガーはカッシーラを「理性寄りに感じすぎていた」とも言えます。そこで彼女は、理性以前・言語以前の領域である感覚、情動、身体的リズムを、それでもなお「象徴の問題」として扱えることを示そうとしました。カッシーラが「言語を含む象徴の哲学」を開き、ランガーが「言語に還元できない象徴の哲学」を押し広げた、と考えると、少しわかりやすくなります。
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