手話の雑学107


手話で話す女性のイラスト

これまではやや古典的な哲学者で、言語学の主流とは異なる視点を紹介してきました。言語哲学者には、メルロ・ポンティやヴィトゲンシュタインなどを考察する人もいましたが、そうした古典的思考は後に解説するとして、今回は現代流行の量子理論の基礎となったハイゼンベルクの思想を手話分析に応用する、という視点を紹介したいと思います。

量子理論は量子コンピュータ開発という時代の最先端でもありますが、その基盤となる不確定性理論はこれからの時代に各方面で応用されていくと予想されるものです。そこで手話分析に応用することができるか、考察します。

ハイゼンベルクは「手話の直接理論家」ではありませんが、手話研究に強烈に効く哲学的補助線を引いてくれる人物です。とくに、観察・記述・身体性をめぐる発想が重要です。
ヴェルナー・ハイゼンベルクはドイツの理論物理学者で、量子力学の不確定性原理で知られます。ただし単なる物理学者ではなく、科学哲学・認識論にも深く踏み込んだ思想家でした。手話と響き合う核心ポイントは次の3点と考えられます。

1) 観察が対象を変える

ハイゼンベルクの不確定性原理の本質は、「観察者は中立ではいられない」という洞察です。これは手話研究にそのまま当てはまります。手話を「分析する」、手話を「書き起こす」、手話を「音声言語の枠で翻訳する」という、これらの行為自体が、手話という対象の姿を変えてしまう、ということになります。手話が「線形語列」に見えてしまうのは、観察装置(理論枠組み)の問題だ、という主張になります。手話は曖昧なのではなく、観測条件が違うのです。

2) 古典的言語観の限界

ハイゼンベルクは、古典物理学が前提としていた「対象は明確な属性をもつ」という考えが、ミクロの世界では破綻すると示しました。これを言語に置き換えると「語は明確な最小単位」「意味は一意に決まる」「文法は線形であるべき」といった音声言語中心の前提が、手話にはそもそも合わないのです。手話では「同時性」「空間的重なり」「身体全体による意味生成」が基本であることはこれまで示してきました、これは量子力学が古典力学を拡張した関係に似ています。

3) 記述言語の問題

ハイゼンベルクはこうも述べています(要旨):私たちは、日常言語で量子世界を語らねばならないが、その言語は本来その世界に適していない。これは、手話を音声日本語・英語で記述する困難と完全にパラレルです。書き言葉は便利だが、等価ではないし、記述は必要だが、常に歪みを含みます。手話研究において「完全な翻訳は不可能だが、だからこそそれに応用できる理論が必要」という立場を、哲学的に支えてくれます。

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