手話の雑学118 宗教と障害者観3

キリスト教では大きな変革期がありました。宗教改革以降、プロテスタントの伝統も福音的な隣人愛を強調しました。特にルターやカルヴァンの時代には、貧者と弱者への分配や支援が教会共同体の責務と見なされ、福祉制度の発展につながります。アメリカやヨーロッパでは、19世紀から20世紀にかけて教会が孤児院、盲学校、リハビリ施設などを設立し、障害者支援の実践が組織化されました。
20世紀後半になると、キリスト教圏でも障害理解は大きく転換します。医療モデル(障害を病理として捉える視点)から、社会モデル(環境や制度のバリアが障害を生むという考え方)への移行が進む中、教会も障害者を「助ける対象」だけでなく、「共に礼拝と奉仕を担う兄弟姉妹」として迎える動きを強めました。第二バチカン公会議(1962–1965)の文書や多くのプロテスタント教会の声明は、障害者の全人的な尊厳と教会共同体への参加を強調しています。これが国連などの障害者観に大きな影響を与えており、間接的に日本の福祉政策にも影響しています。「障害者の社会参加」という視点の背景にはプロテスタント的障害者観があると観察できます。
また近年では、障害者自身による信仰とコミュニティの再構築の試みも活発になっています。手話礼拝、ユニバーサルデザインによる教会空間、インクルーシブ教育などは、単なる慈善活動を超え、教会の神学そのものを問い直す契機となっています。「神は障害という境界を取り除く」という神学的視座は、共に生きる社会のビジョンを示すものです。
キリスト教における障害者観は、一貫して単純な定義に留まるものではありません。初期の「癒し」から中世の施療・孤立、近代の制度化された福祉、そして現代のインクルーシブな理解へと変遷してきました。その根底にあるのは、「すべての人間は神のかたちに造られた尊厳ある存在である」という信仰です。障害の有無に関わらず、すべての人が神と隣人との関係の中で共に歩む存在として受け止められるという視点は、キリスト教の核心的なメッセージのひとつです。
キリスト教においてはもう1つ「障害児天使論」というのがあります。
キリスト教における「障害児の天使論」と呼ばれる考え方は、正式な教義というより、聖書解釈・神学・民間信仰・牧会(ケア)の現場が重なり合って生まれた〈意味づけの束〉です。やや詩的で、時に危うく、しかし多くの人を慰めてきた思想でもあります。
まず核になるのは、「子ども」と「天使」が近接して語られる聖書的感覚です。新約聖書の中で、イエスは子どもを大人の信仰の模範として持ち上げます(「心を入れ替えて幼子のようにならなければ…」)。また守護天使の思想は、マタイ福音書18章10節の「彼らの天使たちは、天におられるわたしの父の御顔を常に見ている」という一節に強く支えられています。ここで重要なのは、「力」や「能力」ではなく、「神との距離の近さ」が価値の中心に置かれている点です。
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