手話研究の星5 マキンタイア(Marina McIntire)①

CSUNでの留学中の身分はAdjunct Professorでした。日本語に訳すと特任教授に近いですが、雇用契約は大学によって異なり、多くの場合、留学する客員教授や客員研究員にも使われる制度です。日本ではまずない制度ですが、アメリカでは通常7年間フルタイムの教授を務めると1年間の有給休暇の権利が与えられます。これをSabbatical leaveといいます。7年という周期には1週間と同じくキリスト教の思想が背景にあります。
この有給休暇で別の大学に留学する場合に与えられる身分の1つがアジャンクト・プロフェサーです。原則無給で、研究室が与えられ、講義にも自由参加でき、討論する機会があります。聴講生に似ていますが、聴講生には単位が与えられるのに対し、客員教授や客員研究員に単位は与えられません。日本だと大学の講義には黙って聴講するだけですが、欧米では講義に参加する、ということは討論に参加することを意味します。この討論が勉強になるわけです。これは学問の方法の違いであり、文化でもあります。欧米では討論することで、お互いの知識の交換があり、より真実に近づくという思想があります。日本では、話し合いをするのは互いの主張の妥協点を見出すためであり、争いの解決の方法と考えられています。「話せばわかる」という人が日本に多いのはそういう文化だからです。
討論discussionは互いの知識不足や誤解を互いに知るための手続きです。日本でいう話し合いはnegotiationであり、交渉のことです。そしてdebateは討論のための技術です。こういう教育の前提があるため、日本人留学生は欧米に留学すると戸惑うことが多いです。講義は黙って聞き、ノートをとって、レポートを書き、試験を受けるのが普通です。欧米では、講義は先生が一方的に話す講演の場合もありますが、多くは事前に討論のテーマが与えられ、読むべき資料が与えられます。学生はまずその資料の読み込みに必死です。読み込んでおかないと討論できません。無論、討論のための言語力は必須です。日本人留学生はそういう訓練を受けていませんから、自分の持つ英語力で討論できないため、講義に参加できません。講演のレポートはすごく優秀で、英語もしっかりしているのに、討論となるとからっきしなのは、欧米人学生にとって不思議な存在です。日常会話はそこそこできるし、英語力とくに文法は完璧なのに、討論できないのはなぜなのか理解できないのです。それは日本の学習の中に討論という方法が導入されていないからです。
私の場合、大学時代にスピーチコンテストやディベートの経験があったことが幸いしました。折角の留学ですし、講義にもいろいろ参加して、学びたいと思っていました。それに単位がもらえない分、試験を受けなくていいのと、討論点が不要でしたから気楽です。先生もそれがわかっているので、気楽に参加させてくれました。むしろ学生にはいい機会だから、日本の教授と議論させることで学生のためになる、と考えています。また学生は日本のことをまったく理解していないので、とんでもない質問をしてくることをどう裁くか、腕をみたいという気もあったようです。
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