Menphis(メンフィス)


十三夜の月のイラスト

アーカンソー州を抜けると次はテネシー州です。テネシー州の首都メンフィスにはエルビス・プレスリーの自宅グレイスランドがあり、観光地になっているので、是非行ってみたいと思い、寄り道しました。エルビス・プレスリーは1977年8月16日、42歳で自宅で亡くなりました。何かと話題の多い人で、若い頃は反社会的な言動で物議を醸していました。彼はロカビリーというロックンロール音楽の初期タイプの創始者です。

ロカビリー(Rock-A-Billy)はロックとヒルビリーというカントリー音楽の合成語ですが、アメリカの伝統的な音楽とロックという新しいスタイルが混成されたスタイルです。ロカビリーの過激なスタイルは日本でも流行しました。1954年から1958年頃の本家アメリカでのブームを受け、2~3年遅れで日本でも大きなブームになりました。それまでカントリー・ウェスタンやハワイアンを演奏していたバンドが次々とくら替えし、若者はこれまでにないロックの興奮を求めてジャズ喫茶(現代で言うライブハウス)に押し寄せ、日劇のステージは大人気でした。ロカビリーブーム出身のスターには平尾昌晃、ミッキー・カーチス、内田裕也、ささきいさお、かまやつひろし、佐川満男がいましたが、ブームの後はそれぞれの道に分かれていきました。

ロックンロール(Rock ’N Roll)はロカビリーの後によりポップで商業的に進化したものです。ロカビリーはスウィング感のあるリズムとエネルギッシュな曲調が特徴で、歌詞は主に恋愛や個人的な苦悩を描いていますが、ロックンロールは、メロディアスでキャッチーな曲調とダンサブルなリズムが特徴です。ロックは岩のように固定、ロールというのは身体を回すという意味ですから、ダンスと関係があります。当時は保守層から「プレスリーはセックス狂」「白人を黒人に陥れる」など、凄まじい批判を受け、「ロックンロールが青少年の非行の原因だ」とまで中傷されました。とくに腰を振るダンスは激しい攻撃を受けました。

プレスリーの自宅博物館であるグレイスランドは遺品が展示されていますが、一番印象的だったのはギターの形をしたプールでした。個人的にはアメリカ音楽に目覚めたのはプレスリーであり、50年代のポップスと同時にラジオで聞くのが楽しみでした。またプレスリーを通じて元のカントリー音楽にも関心をもつようになりました。プレスリーは激しいリズムの曲だけでなく、甘い歌声のバラードも得意で、映画も製作されたので、当時、一番成功した歌手でした。ジョンレノンやポールマッカトニー、ボブディランなど後の歌手がみんな憧れた存在でした。初期のプレスリーのロカビリー・スタイルは、黒人の音楽であるブルースやリズムアンドブルース(R&B)と白人の音楽であるカントリー・アンド・ウェスタン(C&W)を融合した音楽です。それは深刻な人種問題を抱えていた当時のアメリカでは画期的なことでした。それゆえに、保守的な高齢者や白人層からは反社会的と思われたわけです。彼がpoor whiteと呼ばれた貧乏な家の出身であり、大成功者になったことでAmerican Dreamの例でもありました。

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