リンカーン

アメリカドライブ旅行から、話がちょっとズレますが、ゲティスバーグの演説のついでに、リンカーンについての日本の誤解を解いておこうと思います。日本では民主主義を説いたこと、奴隷解放をしたこと、という面だけが強調されています。それは事実ではありますが、アメリカによる戦後占領政策が民主党主導であったこと、日本を民主主義国家に「体制転換」させようとしたことと深い関係があります。ちょうど今、アメリカはイランに対して同じようなことをしようとしているので、注意が必要だと思います。アメリカ政府は共和党であろうと民主党であろうと、民主主義化して、親米化することが絶対的な善だと考えています。つまりは独善的傾向の強い国家ということです。日本はその成功例、ベトナムでは失敗、中国でも失敗、そしてイランという、対象は次々と変わりますが、親米化を最終目標とするのは新植民地主義ともいえそうです。
リンカーンが奴隷解放したのは人道的立場というより経済問題です。南北戦争以前、アメリカ南部には綿花栽培のため、貧しい白人や黒人奴隷が大勢いて、裕福な白人農園主がいました。そのあたりは「風と共に去りぬ」という小説や映画に描かれています。一方、北部は、英国と近いため、産業革命の影響を早く受けました。そしてアパラチア山脈からは鉄鋼や石炭が採掘されるようになり、工業化が進もうとしていました。採掘の現場のために工夫されたデニム生地のズボンがジーンズであることは有名な話です。もっとも炭鉱ではなく金鉱で、少し後のことで、ジーンの語源はイタリアのジェノバです。
北部の工業化のための労働力が必要であり、当時は黒人奴隷は白人農園主の「所有物」であったのを、「解放」して「自由人」とし、どこにでも行けるので、北部に「労働者」として「雇用」しようという政治思想を実現したわけです。しかし、その賃金は非常に安く、今でいえば「奴隷労働」です。当時のことを歌ったのが「16tons」などです。黒人霊歌の代表作When the Saints go Marching In(聖者の行進)は作者も成立も不明なのですが、奴隷解放以前は南部で多く歌われてきた黒人霊歌の1つです。本来は葬儀の歌なのですが、ジャズアレンジにより、日本に入ってきた時は陽気な歌になっていて、今でもCMなどに使われています。現在だと「タウンワーク」が採用していて、これを聞くたび、ここで紹介されたアルバイト先が奴隷労働だったら、すごい皮肉だと思ってしまいます。
リンカーンは好きな大統領ランキングではいつも1位になるほどで、米国議会の正面に大きな像があります。その像を作成したのが聾者で、肘掛椅子に置いた両手の左手がA、右手がLの指文字の形になっているという逸話は聾関係者ではよく知られています。もちろんAbraham Lincolnの頭文字です。彼は1864年8月に一度襲撃され、その時は帽子だけでしたが、1865年4月14日フォード劇場で妻らと観劇中に俳優ジョン・ウィルクス・ブースに1.2mの至近距離から後頭部左耳後を狙撃されました。その時の銃がデリンジャーという超小型銃であることはガンマニアでは有名な話です。
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