世界津波の日
11月5日は国連が定める「世界津波の日」です。津波の脅威を伝え、その対策の重要性を日本が国連に提唱し2015年12月の国連総会で採択されました。Tsunamiが英語になったように、日本は津波について経験も多く対策もかなりとられています。それで海外と比べると被災が少なくなりました。168年前の安政元年(1854年)11月4日に安政東海地震、翌5日に安政南海地震が起き、伊豆から四国までの広範な地帯に死者数千名、倒壊家屋3万軒以上という被害をもたらしました。世界津波の日は、この安政南海地震(11月5日)による大津波が和歌山県広村(現在の和歌山県広川町)を襲った際に同村に住む浜口梧陵が収穫したばかりの稲を積み上げた「稲むら」に火を放って、暗闇の中で逃げ遅れていた村人を高台にある広八幡神社の境内に導き、命を救った「稲むらの火」の逸話に由来します。浜口梧陵はさらにこの後、百年後に再来するであろう津波に備え私財を投じて村人を雇い、4年の月日をかけて高さ約5m、長さ約600mの広村堤防を築き上げました。その結果、安政南海地震から92年後の昭和の南海地震では村人の大部分が津波から守られました(内閣府広報ぼうさい(No.26)2005年3月号:シリーズ「過去の災害に学ぶ」こういう素晴らしい先達がいたのです(https://www.bousai.go.jp/kyoiku/kyokun/kyoukunnokeishou/rep/1854_ansei_toukai_nankai_jishin/index.html)
2022年11月5日には内閣府・防災推進協議会・防災推進国民会議主催の「津波防災の日」イベントが開催されるそうです。(https://tsunamibousai.jp/)。先人の教訓を活かすことの大事さはいつの世も変わりません。東日本大震災で知った「津波てんでんこ」という自助の教訓をまた思い出してほしいところです。
津波は地震の二次被害として発生することがほとんどですから、地震の多い日本では地震情報のたびに津波情報が出るのはすばらしいことです。海外では見たことがありません。地震そのものによる被害は日本の耐震建築でかなり減少しましたが、津波や火事の危険は変わりません。また罹災者(りさいしゃ)の多くが高齢者・障害者などの避難時に援護を必要とする人です。こういう人々の罹災率は障害のない人の3倍あります。みんなが安全に避難するためには、まず要援護者を先に避難させ、それから普通の人々が避難することが肝心です。要援護者の避難には時間がかかります。だからこそみんなで協力して、みんなで避難することが大切です。それが共助ということです。そして避難の後、自治体や自衛隊による支援があります。それが公助です。自助・共助・公助という順番には意味があります。避難時には知識のあるリーダーの指揮も重要です。防災士など日頃訓練を受けた人が先頭で誘導することも大切です。
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