バークレーとUCB ― 「自由の丘」に建つ知の共和国

サンフランシスコ湾の東岸に位置する Berkeley は、単なる大学の街ではありません。そこは「思想」と「若者」と「自由」が長く交差してきた、特別な空間です。そしてその中心にそびえるのが、正式名称を University of California, Berkeley という大学、通称「UCB」あるいは「Cal」です。
日本では「バークレー」という名で知られることが多いですが、現地では「Cal」と呼ぶ人も少なくありません。これは、同大学がカリフォルニア大学システムの原点であり、旗艦校だからです。現在ではロサンゼルスのUCLAなど複数の名門校を抱えるカリフォルニア大学群ですが、その始まりは1868年に創設されたバークレー校でした。この大学の特徴を一言で言えば、「知性の自由主義」です。もちろん世界屈指の研究大学であり、ノーベル賞受賞者を多数輩出しています。物理学、化学、情報工学、生物学、経済学など、ほとんどあらゆる分野で世界トップ級の研究が行われています。特に物理学では原子爆弾開発につながったマンハッタン計画とも深い関係を持ち、周期表の元素「バークリウム」はこの地名から名づけられました。バークレーを単なる理工系エリート大学として理解すると、本質を見失います。この大学を象徴するものは、研究成果だけではなく、「社会への異議申し立て」だからです。1960年代、アメリカでは公民権運動やベトナム反戦運動が高まりました。その中心地の一つとなったのがUCBでした。特に1964年に始まった「フリースピーチ・ムーブメント(言論の自由運動)」は有名です。当時、大学当局はキャンパス内での政治活動を制限していました。それに対し学生たちは、「大学とは単なる職業訓練所ではなく、自由な議論の場であるべきだ」と抗議します。その運動の象徴的人物が、学生リーダーの Mario Savio でした。彼の有名な演説には、こんな言葉があります。「機械があまりにも不正なら、その歯車に自らの身体を投げ込んで、機械を止めなければならない」。これは単なる過激なスローガンではなく、「制度と倫理の衝突」という近代社会の問題を鋭く示していました。この精神は、現在でもバークレーの街全体に残っています。街を歩くと、オーガニック食品店、独立系書店、古本屋、ビーガンレストラン、反戦ポスター、LGBTQ支援の旗などが自然に共存しています。巨大資本への批判精神と、多様性への寛容さが同居しているのです。
また、IT産業との距離感も興味深いものがあります。バークレーは Silicon Valley に近く、多くの学生がテクノロジー企業へ進みます。しかし同時に、「技術は社会をどう変えるのか」という倫理的問いも非常に重視されます。人工知能や監視社会、資本主義の加速について批判的に議論する空気が強いのです。そのため、同じ名門大学でも、どこか実学志向の強い Stanford University と比較すると、バークレーには「理想主義」の色が濃く感じられます。スタンフォードがシリコンバレーの経済成長を支える「起業家精神」の大学だとすれば、バークレーは「社会そのものを問い直す知性」の大学と言えるかもしれません。
さらに面白いのは、バークレーが「完成された美しい街」ではないことです。坂が多く、建物も雑然としており、ホームレスの姿も珍しくありません。決して洗練された観光都市ではない。しかし、その混沌の中に独特の生命力があります。街角では哲学を語る老人がいて、カフェでは学生たちが量子力学や政治思想について議論している。まるで「知の市場」のような雰囲気があるのです。日本の大学文化と比べると、UCBの特徴は「大学が社会運動の現場でもある」という点でしょう。日本では大学はしばしば「勉強する場所」と考えられます。しかしバークレーでは、大学は「社会を変えるための実験場」でもあります。学問が社会から切り離されず、常に現実と接続されているのです。夕暮れ時、バークレーの丘からサンフランシスコ湾を眺めると、霧の向こうにゴールデンゲートが浮かびます。その景色には、不思議な静けさがあります。しかしその静けさの下では、半世紀以上にわたり、「自由とは何か」「知とは誰のためにあるのか」という問いが、絶えず燃え続けてきました。バークレーとは、単なる大学名ではありません。それは「知識と自由をどう結びつけるのか」という、近代社会そのものへの問いかけなのかもしれません。
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