日本史と世界史で読み解く 北米建国物語 第10回(5) 黒船が来た!

― ペリー来航と、アメリカ西部開拓の歴史 ―
・黒船は「アメリカの歴史」そのものだった
黒船を単なる軍艦として見ると、ペリー来航の意味は小さくなります。しかし、その船にはアメリカの歴史が詰まっていました。
ジェームズタウン以来の植民地拡大。独立革命。憲法制定。西部開拓。ルイジアナ購入。太平洋岸への到達。カリフォルニア獲得。捕鯨と太平洋航路。そして産業革命による蒸気船。これらすべてが積み重なって、1853年の黒船になったのです。だからこそ、ペリー来航は日本史だけでなく、北米史の「結果」でもあります。
・そして日本は選択を迫られる
ペリーが翌年戻ってくるまでの間、幕府は大きな決断を迫られます。外国の要求を拒否するのか。条約を結ぶのか。戦うのか。欧米の技術を取り入れるのか。国内の政治体制を変えるのか。この問題はやがて幕府だけでは処理できなくなります。諸藩が意見を述べ、朝廷の存在が政治的に重要になり、尊王攘夷運動が広がり、幕府への批判が強まります。そして1854年、日米和親条約が結ばれます。日本は本格的に国際社会との関係を変えていくことになります。
・「黒船」は終点ではなく、出発点だった
1853年のペリー来航は、江戸時代の終わりそのものではありません。むしろ、「日本が世界とどう向き合うのか」という問題を突きつけた出発点でした。そしてその後、日本ではわずか15年ほどの間に、日米和親条約。日米修好通商条約、尊王攘夷運動、薩長同盟、大政奉還、王政復古、明治維新という激動が起こります。
一方、アメリカでは南北対立が深まり、1861年には南北戦争が始まります。つまり19世紀半ば、日本とアメリカはどちらも、「これまでの社会をどう変えるのか」という大問題に直面していたのです。そして、この二つの国は、1853年を境に、互いを無視することができなくなりました。
・ジェームズタウンから始まった北米の歴史が、ついに浦賀へ到達した。
それは同時に、江戸時代の日本が「世界史の中心的な舞台」に本格的に登場する瞬間でもありました。
次回予告
第11回「黒船から明治維新へ、そして南北戦争」― 日本が幕府を倒した頃、アメリカでは何が起きていたのか ―ペリー来航後、日本はわずか15年ほどで江戸幕府を倒し、明治政府を成立させます。ところが、同じ時期のアメリカでは、奴隷制をめぐる対立が激化していました。
1861年、アメリカ南北戦争が始まります。日本では、「幕府を倒して新しい国家を作る」という革命的な変化が起こり、アメリカでは、「一つの国家を維持するために内戦を戦う」という、まったく逆方向の出来事が起こっていたのです。
さらに、明治維新とリンカーン、廃藩置県と南北戦争、士族と解放奴隷などを比較すると、19世紀という時代がどれほど大きく世界を変えたのかが見えてきます。
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