日本史と世界史で読み解く 日米物語 第13回(5) 日本とアメリカ、太平洋で出会う

十三夜の月のイラスト

― ハワイ、移民、日清・日露戦争、そして20世紀へ ―

・「文明国」になれば対等になれるのか

明治政府が近代化を急いだ理由の一つは、欧米列強と対等になることでした。西洋式の軍隊。憲法。議会。鉄道。工場。学校。近代的な法律。日本はこうした制度を急速に導入しました。日清戦争、日露戦争で勝利し、日本は列強の仲間入りを果たします。しかし、アメリカでの日本人移民への差別は続きました。ここには、「国家としての平等」と「人種としての平等」は別問題だったという20世紀初頭の国際社会の大きな矛盾があります。

・アメリカにも「自由の国」という矛盾があった

これはアメリカ自身の歴史にも当てはまります。アメリカは自由と平等を掲げた国です。しかし、奴隷制度。人種差別。先住民族への政策。中国人排斥。日本人移民への差別。など、多くの問題を抱えていました。つまり、「自由の理念」と「現実の社会」が一致していなかったのです。

日本もまた、「文明開化」を掲げながら、国内ではアイヌの人々への同化政策などを進めました。近代国家の建設は、どの国にとっても簡単なものではありませんでした。

・20世紀の入口

1900年代に入ると、世界の勢力関係は大きく変化します。イギリス。フランス。ドイツ。ロシア。日本。アメリカ。こうした国々が、世界各地で影響力を競い始めます。アメリカは経済力を急速に高めています。日本も東アジアで勢力を拡大しています。両国は友好国でもあり、競争相手にもなり得る関係へ変わっていきます。

・「黒船の国」と「近代日本」が並んだ

1853年には、アメリカが圧倒的に優位でした。しかし1905年頃には、日本も強力な海軍を持つ国になっています。日露戦争でロシアを破った日本を、アメリカも無視できません。一方、日本もアメリカの工業力と海軍力を無視できません。両国は互いを、「太平洋における重要な国家」として認識するようになりました。

・ペリー来航から約半世紀。

日米関係は、「開国を迫る国と迫られる国」から、「太平洋で向き合う二つの近代国家」へ変わったのです。この構図は、現代のアメリカと中国の関係にも似ているかもしれません。違いはアメリカはもはや新興国ではなく、世界の覇者ということです。ベリー来航時の世界の覇者はイギリスでした。それで日本はイギリスやフランス、ドイツなどが「西洋」から多くを学ぼうとし、多くの人材や物品を日本は輸入しました。たとえば英語というのは、イギリスの言語です。戦前まで英語といえば、イギリス英語でした。明治から流行した西洋文学はイギリス文学、ドイツ文学、フランス文学、たまにロシア文学であり、アメリカ文学が紹介されるようになったのは太平洋戦争後のことです。大学の学科でも、昔は英文科で、今は英米文学科になっています。皇室も英王室との関係が今も深く関わっています。戦前は日英関係が主力でした。このように日米関係が緊密になっていくのは、戦後です。

2026年10月
月 火 水 木 金 土 日
 1234
567891011
12131415161718
19202122232425
262728293031  

コメントを残す