日本史と世界史で読み解く 日米物語 第13回(6) 日本とアメリカ、太平洋で出会う

― ハワイ、移民、日清・日露戦争、そして20世紀へ ―
19世紀末から20世紀初頭にかけて、日本とアメリカは太平洋を舞台に急速に接近しました。アメリカは、大西洋岸→西部開拓→カリフォルニア→ハワイ→フィリピン→アジアへと活動範囲を広げました。アメリカの発展の歴史は「西へ(Westward,ho!)」が合言葉でした。
日本は、江戸幕府→明治維新→北海道→台湾→朝鮮→東アジアへと活動範囲を広げました。
ここで、両国の視線が太平洋で交差したのです。しかし、その太平洋を行き来したのは軍艦や商船だけではありません。日本人移民。アメリカ人教師。学生。商人。宣教師。研究者。農業労働者。こうした普通の人々も海を渡りました。そして、人々が行き来するほど、交流だけでなく差別や摩擦も生まれました。
太平洋は二つの国を隔てる海であると同時に、二つの社会を結びつける巨大な道でもあったのです。この地政学的な意味は今も変わりません。
1853年に黒船が日本へやって来たとき、日本人は「海の向こうから外国がやって来た」と感じました。しかし、その半世紀後には、日本人自身が太平洋を渡ってアメリカへ行くようになりました。この変化こそ、19世紀の世界がどれほど大きく変わったかを象徴しています。
そして20世紀。この「太平洋のつながり」は、さらに大きな歴史を生み出していくことになります。そのつながりは、今も続いており、現在では「環太平洋PanPacific」として、さらに大きな広がりを見せています。日米関係は、ともすると、太平洋戦争後の安全保障関係ばかりが強調されがちですが、実際には戦前である、20世紀の始まる頃からずっと継続しているという視点が重要です。
次回予告
第14回「第一次世界大戦と日米関係」― 日本はなぜ「列強」になり、アメリカはなぜ世界の中心へ向かったのか ―
次回は20世紀へ入ります。
1914年、ヨーロッパで第一次世界大戦が始まります。日本はイギリスとの同盟を背景に参戦し、ドイツ領だった青島や太平洋の島々を占領します。一方、アメリカは当初中立を保ちながら、やがて参戦し、戦後の世界秩序を大きく変える存在となります。そして1919年のパリ講和会議、国際連盟の成立、民族自決の問題などを通して、「日本とアメリカは、世界の中でどのような国になろうとしていたのか」を考えます。
さらに、第一次世界大戦後に両国が「友好国」でありながら、次第に中国・太平洋をめぐって競争するようになった背景にも迫ります。
| 月 | 火 | 水 | 木 | 金 | 土 | 日 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 1 | 2 | 3 | 4 | |||
| 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | 10 | 11 |
| 12 | 13 | 14 | 15 | 16 | 17 | 18 |
| 19 | 20 | 21 | 22 | 23 | 24 | 25 |
| 26 | 27 | 28 | 29 | 30 | 31 | |


