LInstok Press 発行の手話学雑誌(英文)一部欠落巻あり



その他の投稿も検索をすることができます。
「検索ワード」「分野」「内容」を入力して
「検索」をクリックして下さい。

  • 「検索ワード」

  • 「分野」

  • 「内容」

コラム Articles
手話研究の星1 カール・カーシュナー②(米教育制度)新着!!

カール・カーシュナーがプリンシパルをしていたケンドールは、形式上ギャロデット大学に所属していますが、日本の大学付属校とはまったく違います。ケンドールは12年制という特殊な制度になっていて、その上にはモデル中等学校(MSSD)があります。ケンドールとMSSDは別組織のため、ケンドール卒業生は他の高校に行ったり、MSSDに他の聾学校から入学する生徒もいます。アメリカでは国民の多くが移動するため、生徒も・・・

カテゴリー
コラム Articles
コラム Articles
手話研究の星1 カール・カーシュナー①新着!!

宗教関係のコラムはしばらくお休みして、今日から手話研究の星たちを筆者の実体験を元にご紹介いたします。研究業績については、論文をご覧いただくのがベストなので、ここでは人物についての私見を述べていくことで、研究者の実像と研究成果を比較していただき、その思想や文化的背景をご推察いただく資料としたいと思います。 第1弾はCarl Kirchnerです。来日も数回あるので、実際に会われた方、あるいはカリフォ・・・

カテゴリー
コラム Articles
コラム Articles
手話の雑学129 仏教の障害者観新着!!

仏教では障害者をどのように考えているでしょうか。仏教の障害者観は、一言でまとめるなら「揺れながら進化してきた」です。慈悲と解脱を掲げつつ、歴史の層ごとに異なる理解が折り重なっています。 まず、原始仏教(初期仏教)では人間の苦しみ(ドゥッカ)が中心テーマです。老・病・死は万人に等しく訪れる事実で、障害は「特別な逸脱」ではなく、「苦の一形態」として把握されます。重要なのは、障害が「人格の価値」を下げる・・・

カテゴリー
コラム Articles
コラム Articles
手話の雑学128 神道と手話新着!!

神道における手話の扱いとして、神道は手話を否定も排除もしていません。むしろ「言葉以前の身体表現」を重視する体系なので、理論的にはかなり親和的といえます。神道において重要なのは祝詞の意味内容よりも正しい発声・拍子・姿勢・所作です。祝詞は「意味が通じるか」より、「型が崩れていないか」が優先されます。これは、音声言語中心主義とは真逆の発想です。神前では、沈黙・立ち姿・動作そのものが意味を持ちます。つまり・・・

カテゴリー
コラム Articles
コラム Articles
手話の雑学127 神道の障害者観新着!!

神道は障害者を“罪ある存在”とは見なさないが、長い歴史の中で“穢れ(けがれ)”という概念と複雑な距離を取ってきた宗教です。重要なのは、神道の「穢れ」は道徳的な悪や罪ではないという点です。穢れとは、死・血・病・災害など、生命の秩序が揺らぐ状態を指します。つまりそれは人格評価ではなく、状態の問題です。ここで誤解が生まれがちですが、病や障害=穢れ、穢れ=悪、という単純な思考は、神道には本来ありません。穢・・・

カテゴリー
コラム Articles
コラム Articles
手話の雑学126 インドの手話事情新着!!

ヒンドゥー教と手話の関係は、制度的には薄く、思想的・身体文化的には驚くほど深い、という少しねじれた構図をしています。一直線ではなく、地下水脈のようにつながっている感じです。 まず現実面では、インドには Indian Sign Language(ISL)があり、ろう学校や都市部を中心に使われています。ただし歴史的に、ヒンドゥー教が「手話を言語として神学的に位置づけてきた」わけではありません。むしろ長・・・

カテゴリー
コラム Articles
コラム Articles
手話の雑学125 インド宗教史2新着!!

そして解脱宗教が登場しました。仏教とジャイナ教は、特定民族の宗教というより、既存の社会秩序への批評運動でした。都市商人層や支配階級外の人々に支持され、民族より社会階層との結びつきが強かったのが特徴です。 中世には外来要素が増えました。イスラム教は、交易・征服・移住を通じて流入しました。ここで起きたのは単純な対立ではなく、改宗した在地民ができ、イスラム文化を受容したヒンドゥー共同体とか、両者の混交(・・・

カテゴリー
コラム Articles
コラム Articles
手話の雑学124 インド宗教史1新着!!

では超簡単にインドの宗教の歴史を見てみます。インド宗教史は枝葉が多すぎるので、「川の流れ」として眺めるのがコツです。最初は、とにかく古代の祭祀文化です。インダス文明の時代、人々は自然や生命力を畏れ、祈っていました。文字より前、理屈より前の信仰です。そこに来るのがヴェーダ宗教です。祭式・呪文・火の儀礼が中心で、のちのヒンドゥー教の祖先にあたります。ここでは世界は「正しく儀礼すれば回る」ものという思想・・・

カテゴリー
コラム Articles
コラム Articles
手話の雑学123 宗教と障害者観8新着!!

キリスト教、イスラム教と観てきましたが、インドのヒンドゥー教ではどうなのでしょうか。ヒンドゥー教における障害者観は、ひとことで言うと一枚岩ではありません。経典・哲学・民間信仰・地域慣習が重なり合い、互いに緊張しながら共存しています。そこが面白く、同時に難しいところです。 まず思想の骨格から。ヒンドゥー教ではカルマ(業)と輪廻が世界理解の基礎にあります。障害はしばしば「過去世の行為の結果」と説明され・・・

カテゴリー
コラム Articles
コラム Articles
手話の雑学122 宗教と障害者観7新着!!

手話と宗教実践との関係も興味深いところです。モスクでは、金曜礼拝(フトバ)に手話通訳を導入する動きが近年広がっているそうです。祈り(サラート)は定型化された身体動作が中心であるため、聴覚障害者にとって参加障壁は比較的低い一方、説教や宗教教育では視覚言語としての手話が不可欠になります。これを「特別対応」ではなく、「共同体の義務」と捉える議論が増えているのは、イスラム倫理らしい点です。 一方で課題もあ・・・

カテゴリー
コラム Articles
コラム Articles
手話の雑学121 宗教と障害者観6新着!!

これまでの説明をまとめると、イスラム教は障害を以下のように考えているといえそうです。 ・神の創造の多様性・共同体全体に与えられた倫理的試練・人格的価値とは無関係な身体的条件 そこでは「かわいそうな存在」でも「神に近い特別な存在」でもなく、完全に人間であり、完全に権利主体である存在として位置づけられます。この点でイスラムの障害観は、天使論に傾きがちなキリスト教的言説とも、仏教的な因果応報に還元されが・・・

カテゴリー
コラム Articles
コラム Articles
手話の雑学120 宗教と障害者観5新着!!

ではもう1つの世界宗教であるイスラム教ではどう考えているのでしょうか。イスラム教についてはあまり知識がないので、AIに頼って解説してみました。ぜひ検証をお願いします。 イスラム教における障害観は、きわめて一貫した神学的背骨をもっています。キーワードは二つで、「創造(フィトラ)と試練(イブティラー)」です。そしてそれらを包む慈悲(ラフマ)です。 まず大前提として、イスラムでは人間はすべて神(アッラー・・・

カテゴリー
コラム Articles
コラム Articles
手話の雑学119 宗教と障害者観4新着!!

アメリカで生活している時、障害のある子どもが「天使に近い存在」「神の特別な使い」と語られることがよくありました。この「障害児天使論」には歴史的背景があります。とくに中世から近代にかけては、理性や言語能力を人間の本質とみなす哲学が強かったため、それらが制限されている存在は「この世の論理から自由で、神に直接つながっている」という逆転的評価を受けやすかったのです。これは、アウグスティヌス的な原罪論や、ト・・・

カテゴリー
コラム Articles
コラム Articles
手話の雑学118 宗教と障害者観3新着!!

キリスト教では大きな変革期がありました。宗教改革以降、プロテスタントの伝統も福音的な隣人愛を強調しました。特にルターやカルヴァンの時代には、貧者と弱者への分配や支援が教会共同体の責務と見なされ、福祉制度の発展につながります。アメリカやヨーロッパでは、19世紀から20世紀にかけて教会が孤児院、盲学校、リハビリ施設などを設立し、障害者支援の実践が組織化されました。 20世紀後半になると、キリスト教圏で・・・

カテゴリー
コラム Articles
コラム Articles
手話の雑学117 宗教と障害者観2新着!!

善悪の判断だけでなく、人の価値観の形成には宗教が深く関わっていることには疑問の余地はないと思われます。そこで西洋のキリスト教では障害をどう考えているか、日本の神道や仏教ではどう考えているかを探ってみます。宗教について、深い見識があるわけでもなく、宗教を語るには膨大な資料の読み込みが必要なので、AIの力を借りて、まとめてみました。責任転嫁するわけではありませんが、疑問や不審な点があれば、本論を鵜呑み・・・

カテゴリー
コラム Articles
コラム Articles
手話の雑学116 宗教と障害者観1新着!!

最近では手話への偏見はほぼなくなったといってよいと思われます。昔は「手真似」など侮蔑的表現が見られました。これは背景に障害者に対する差別的意識があったと思われます。障害者に対する考え方、つまり障害者観は今でも差別的傾向が残っています。そのため、障害者の家族は「肩身の狭い思い」をしたり、縁談に差し支えるなど、「できれば」障害者になりたくない、のが当たり前で、積極的に障害者になりたい、と思う人はまずい・・・

カテゴリー
コラム Articles
コラム Articles
手話の雑学115 文法の過剰般化新着!!

手話の文法はまだ全容が解明されているわけではありませんが、手話通訳のデータが増えたことで、文法的な対応関係がだんだん見えてきました。 たとえば日本語が助詞で表現する内容はほとんどの場合、間をおいたり、口形をつけたり、特定の手話語彙をつけることで説明するという方略を採っていると考えられます。日本語の「~は」という格助詞の表現は、ほとんどの場合、いわゆる「話題化構文」という、「何」という語彙を文中に示・・・

カテゴリー
コラム Articles
コラム Articles
手話の雑学114 固有名詞新着!!

アメリカの聾民族主義者がアメリカ手話をASLと固有名詞化したのは、言語や民族、国名は先頭が大文字の固有名詞であることと関係が深いです。ご存じないかもしれませんが、英語で大文字と小文字に分かれたのは7、8世紀のことで、修道士たちが聖書の写本を作成する際に、効率的に書くために新しい文字が生まれたとされています。つまりそれ以前は小文字だけでした。聖書では、今もHe, Lord, Godのようにキリスト教・・・

カテゴリー
コラム Articles
コラム Articles
手話の雑学113 言語と文化と宗教新着!!

言語と文化と宗教は不可分あるいは不変というのが一般的な理解ですが、現実はそれぞれが入り交じった社会を構成しています。言語は複数の言語が接触すると混淆言語(ピジン)という新たな言語が発生します。文化も借用や混淆により新たな文化が発生します。これらの自然発生的な混淆は人によっては「進化」ととらえられることもあります。日本語も長い歴史の中で、大陸からの語彙借用によって漢語ができ、西洋語が入ってきてカタカ・・・

カテゴリー
コラム Articles
コラム Articles
手話の雑学112 手話と宗教新着!!

手話と宗教は一見、何の関わりもないように思えるかもしれませんが、宗教が言語や文化と深い関わりがある以上、手話との関わりも深いものがあります。たとえば、手話による聾教育の創始者といわれるフランスのド・レペがカトリックの神父であったことから見てもわかります。そしてド・レペが採用した指文字のルーツは、スペインの修道士であったことも偶然ではありません。そもそも修道士がなぜ指文字を利用したか、というのは、カ・・・

カテゴリー
コラム Articles