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手話の雑学125 インド宗教史2新着!!

そして解脱宗教が登場しました。仏教とジャイナ教は、特定民族の宗教というより、既存の社会秩序への批評運動でした。都市商人層や支配階級外の人々に支持され、民族より社会階層との結びつきが強かったのが特徴です。 中世には外来要素が増えました。イスラム教は、交易・征服・移住を通じて流入しました。ここで起きたのは単純な対立ではなく、改宗した在地民ができ、イスラム文化を受容したヒンドゥー共同体とか、両者の混交(・・・

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手話の雑学124 インド宗教史1新着!!

では超簡単にインドの宗教の歴史を見てみます。インド宗教史は枝葉が多すぎるので、「川の流れ」として眺めるのがコツです。最初は、とにかく古代の祭祀文化です。インダス文明の時代、人々は自然や生命力を畏れ、祈っていました。文字より前、理屈より前の信仰です。そこに来るのがヴェーダ宗教です。祭式・呪文・火の儀礼が中心で、のちのヒンドゥー教の祖先にあたります。ここでは世界は「正しく儀礼すれば回る」ものという思想・・・

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手話の雑学123 宗教と障害者観8新着!!

キリスト教、イスラム教と観てきましたが、インドのヒンドゥー教ではどうなのでしょうか。ヒンドゥー教における障害者観は、ひとことで言うと一枚岩ではありません。経典・哲学・民間信仰・地域慣習が重なり合い、互いに緊張しながら共存しています。そこが面白く、同時に難しいところです。 まず思想の骨格から。ヒンドゥー教ではカルマ(業)と輪廻が世界理解の基礎にあります。障害はしばしば「過去世の行為の結果」と説明され・・・

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手話の雑学122 宗教と障害者観7新着!!

手話と宗教実践との関係も興味深いところです。モスクでは、金曜礼拝(フトバ)に手話通訳を導入する動きが近年広がっているそうです。祈り(サラート)は定型化された身体動作が中心であるため、聴覚障害者にとって参加障壁は比較的低い一方、説教や宗教教育では視覚言語としての手話が不可欠になります。これを「特別対応」ではなく、「共同体の義務」と捉える議論が増えているのは、イスラム倫理らしい点です。 一方で課題もあ・・・

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手話の雑学121 宗教と障害者観6新着!!

これまでの説明をまとめると、イスラム教は障害を以下のように考えているといえそうです。 ・神の創造の多様性・共同体全体に与えられた倫理的試練・人格的価値とは無関係な身体的条件 そこでは「かわいそうな存在」でも「神に近い特別な存在」でもなく、完全に人間であり、完全に権利主体である存在として位置づけられます。この点でイスラムの障害観は、天使論に傾きがちなキリスト教的言説とも、仏教的な因果応報に還元されが・・・

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手話の雑学120 宗教と障害者観5新着!!

ではもう1つの世界宗教であるイスラム教ではどう考えているのでしょうか。イスラム教についてはあまり知識がないので、AIに頼って解説してみました。ぜひ検証をお願いします。 イスラム教における障害観は、きわめて一貫した神学的背骨をもっています。キーワードは二つで、「創造(フィトラ)と試練(イブティラー)」です。そしてそれらを包む慈悲(ラフマ)です。 まず大前提として、イスラムでは人間はすべて神(アッラー・・・

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手話の雑学119 宗教と障害者観4新着!!

アメリカで生活している時、障害のある子どもが「天使に近い存在」「神の特別な使い」と語られることがよくありました。この「障害児天使論」には歴史的背景があります。とくに中世から近代にかけては、理性や言語能力を人間の本質とみなす哲学が強かったため、それらが制限されている存在は「この世の論理から自由で、神に直接つながっている」という逆転的評価を受けやすかったのです。これは、アウグスティヌス的な原罪論や、ト・・・

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手話の雑学118 宗教と障害者観3新着!!

キリスト教では大きな変革期がありました。宗教改革以降、プロテスタントの伝統も福音的な隣人愛を強調しました。特にルターやカルヴァンの時代には、貧者と弱者への分配や支援が教会共同体の責務と見なされ、福祉制度の発展につながります。アメリカやヨーロッパでは、19世紀から20世紀にかけて教会が孤児院、盲学校、リハビリ施設などを設立し、障害者支援の実践が組織化されました。 20世紀後半になると、キリスト教圏で・・・

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手話の雑学117 宗教と障害者観2新着!!

善悪の判断だけでなく、人の価値観の形成には宗教が深く関わっていることには疑問の余地はないと思われます。そこで西洋のキリスト教では障害をどう考えているか、日本の神道や仏教ではどう考えているかを探ってみます。宗教について、深い見識があるわけでもなく、宗教を語るには膨大な資料の読み込みが必要なので、AIの力を借りて、まとめてみました。責任転嫁するわけではありませんが、疑問や不審な点があれば、本論を鵜呑み・・・

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手話の雑学116 宗教と障害者観1新着!!

最近では手話への偏見はほぼなくなったといってよいと思われます。昔は「手真似」など侮蔑的表現が見られました。これは背景に障害者に対する差別的意識があったと思われます。障害者に対する考え方、つまり障害者観は今でも差別的傾向が残っています。そのため、障害者の家族は「肩身の狭い思い」をしたり、縁談に差し支えるなど、「できれば」障害者になりたくない、のが当たり前で、積極的に障害者になりたい、と思う人はまずい・・・

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手話の雑学115 文法の過剰般化新着!!

手話の文法はまだ全容が解明されているわけではありませんが、手話通訳のデータが増えたことで、文法的な対応関係がだんだん見えてきました。 たとえば日本語が助詞で表現する内容はほとんどの場合、間をおいたり、口形をつけたり、特定の手話語彙をつけることで説明するという方略を採っていると考えられます。日本語の「~は」という格助詞の表現は、ほとんどの場合、いわゆる「話題化構文」という、「何」という語彙を文中に示・・・

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大寒新着!!

大寒は寒さの極みが告げる、春への反転点です。一年で最も寒い頃を指す大寒は、二十四節気の最後を飾る節気です。例年一月二十日頃に始まり、次の立春までのおよそ二週間、暦の上では寒さの極みに位置づけられます。文字どおり「大いに寒い」時期ですが、この厳しさは単なる終着点ではありません。むしろ、大寒は春への反転がすでに始まっていることを、静かに示す節目でもあります。実際の気候を見れば、大寒は積雪が深まり、水が・・・

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手話の雑学114 固有名詞新着!!

アメリカの聾民族主義者がアメリカ手話をASLと固有名詞化したのは、言語や民族、国名は先頭が大文字の固有名詞であることと関係が深いです。ご存じないかもしれませんが、英語で大文字と小文字に分かれたのは7、8世紀のことで、修道士たちが聖書の写本を作成する際に、効率的に書くために新しい文字が生まれたとされています。つまりそれ以前は小文字だけでした。聖書では、今もHe, Lord, Godのようにキリスト教・・・

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手話の雑学113 言語と文化と宗教新着!!

言語と文化と宗教は不可分あるいは不変というのが一般的な理解ですが、現実はそれぞれが入り交じった社会を構成しています。言語は複数の言語が接触すると混淆言語(ピジン)という新たな言語が発生します。文化も借用や混淆により新たな文化が発生します。これらの自然発生的な混淆は人によっては「進化」ととらえられることもあります。日本語も長い歴史の中で、大陸からの語彙借用によって漢語ができ、西洋語が入ってきてカタカ・・・

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冬土用の入り新着!!

冬土用の入りは立春を迎えるための「静かな助走」です。暦の上では「冬土用の入り」を迎えます。土用と聞くと、夏の土用丑の日を思い浮かべる方が多いと思いますが、土用は年に四回あります。立春・立夏・立秋・立冬、それぞれの日の直前、約十八~十九日間が土用とされ、その季節から次の季節へと移るための調整期間です。冬土用は、立春を控えた旧暦一年最後の土用であり、寒さの底から新しい循環へと向かう、いわば「静かな助走・・・

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手話の雑学112 手話と宗教新着!!

手話と宗教は一見、何の関わりもないように思えるかもしれませんが、宗教が言語や文化と深い関わりがある以上、手話との関わりも深いものがあります。たとえば、手話による聾教育の創始者といわれるフランスのド・レペがカトリックの神父であったことから見てもわかります。そしてド・レペが採用した指文字のルーツは、スペインの修道士であったことも偶然ではありません。そもそも修道士がなぜ指文字を利用したか、というのは、カ・・・

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手話の雑学111新着!!

ナラティブ手話の「波動関数」について考えてみましょう。比喩を使うなら、こう言えます。 「ナラティブ手話は意味の波動関数をもつ」。それは「時間・視点・身体配置にまたがって広がっている」。そして「分析はその一部を「測定」する行為」だから、「語彙分析するとナラティブが壊れる」し、「ナラティブを保つと語彙境界が溶ける」ということで、どちらも「正しい」のですが、同時には成立しない、ということです。 ここで前・・・

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手話の雑学110新着!!

次に量子観測とナラティブ手話分析の関係を考えてみます。こちらは 「時間の中で意味が立ち上がる」という点で、上記よりさらに手話向きになります。 ③ 量子観測 と ナラティブ手話分析 まず、意味は「存在する」のではなく、「起こる」ものという理解が必要です。 出発点として、量子観測のもう一つの核心として、ハイゼンベルク以後の量子力学が突き当たったのは、この直観です。「粒子は観測されるまで確定した状態をも・・・

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手話の雑学109新着!!

② 意味の流れを保つと、形式が曖昧になる、という問題 逆に、ナラティブ手話、詩的手話、会話の流れを重視した記述を行うと、どの瞬間にどの形か、境界はどこか、何が語彙で何が構文か、が曖昧になってしまいます。これは運動量を測った結果、位置がぼやける状態です。 ここで多くの研究がやってしまう誤りがあります。「もっと良い記述法を作れば、両立できるのでは?」という気持ちになります。ハイゼンベルク的に言えば、そ・・・

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手話の雑学108新着!!

ハイゼンベルクをカッシーラ/ランガーと無関係にご紹介するのではありません。彼らの思想との接続があります。まず、そこを簡単にまとめておきます。 ・カッシーラ:象徴形式が世界を構成する・ランガー:非言語的・同時的象徴にも厳密な構造がある・ハイゼンベルク:観察と記述が、その構造の見え方を変える この三者を並べると、「手話は未分化なのではない」「私たちの観測理論が、まだ古典的すぎるだけだ」という、かなり強・・・

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