正月二日

正月二日は、元日の張りつめた空気が少し緩み、しかし日常にはまだ戻らない、この独特の時間帯に、日本にはいくつもの「始め」の行事が用意されています。初荷、書初め、姫始め。いずれも年の最初に行う所作ですが、商い、言葉、生命と、社会の表から奥深い私的領域までを静かに広げています。正月二日は、祝祭の余韻の中で「動き出す準備」を整える日なのです。
まず「初荷」です。江戸時代の町では、年明け最初に商品を運び出すこの日が大きな見世物となりました。荷車や駄馬には色鮮やかな飾りが施され、商家の使用人たちも晴れ着に身を包みます。これは単なる物流の再開ではなく、「今年も無事に商いが続く」という共同体への宣言でした。経済活動を個々の利益ではなく、町全体の循環として捉える感覚がここにはあります。現代における大発会や初競りも、その精神を形に変えて受け継ぐものと言えるでしょう。
次に「書初め」です。多くの地域で正月二日に行われ、学校教育の中にも定着しているため、最も馴染み深い行事かもしれません。しかし本来の書初めは、単なる習字の上達祈願ではありませんでした。詩歌や四字熟語、あるいは自ら選んだ一語を、年の最初に紙へ定着させる行為は、思考を言葉として結晶化させる儀式です。墨をすり、筆をとる所作には時間がかかります。その「手間」こそが、新年の決意を身体に刻み込む役割を果たしていたのです。言葉を選ぶという行為そのものが、未来を選ぶことでもありました。
そして「姫始め」。現代では刺激的な言葉として扱われがちですが、本来は正月二日に夫婦の営みを再開することを指す、きわめて儀礼的な表現でした。年神を迎え、清浄な正月期間を過ごしたのち、生命の営みを再び日常へ戻す区切りの日。それが姫始めです。そこには五穀豊穣、子孫繁栄という願いが重ねられており、性が私的な快楽ではなく、家と自然の循環に組み込まれていた時代の感覚が残っています。
初荷は社会を動かし、書初めは言葉を整え、姫始めは命の連なりを確かめる。三つはいずれも「最初の一歩」を意識的に踏み出すための装置でした。元日が祝う日だとすれば、正月二日は始める日。祝賀から実践へと、静かに舵を切る節目なのです。
忙しい現代では、こうした行事の多くが形だけになりつつあります。しかし「最初」を丁寧に扱うという発想自体は、今なお有効です。何を運び、どんな言葉を書き、どのような関係を育てるのか、正月二日の行事は、新年を単なる暦の更新で終わらせないための、生活に根ざした知恵の集積だと言えるでしょう。華やかさは控えめでも、その分だけ深く、静かに、私たちの一年の方向を定めているのです。正月二日。元日ほどの厳粛さは薄れ、しかし日常にはまだ戻らない、少し不思議な時間です。「初荷」「書初め」「姫始め」といった、いかにも日本的な言葉が並びます。どれも「最初」を意味する行為で、その対象は商い、文字、人の営みと、実に幅広いのです。
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