建国記念日

よく外国人から日本の文化の特殊性が指摘されますが、建国記念日もその1つです。世界中のどこの国でも建国(独立)記念日はその国最大の祝日で、国挙げてのお祭りになります。ところが日本の建国記念日は意外に地味です。中には反対する人さえいます。外国でも建国記念日に反対する人はいますが、それは内戦などによって、排除された反政府勢力です。とくに民族が異なる場合には、反対する気持ちもわからないではありません。もし現在の日本が、太平洋戦争に負けてアメリカ軍に占領されて、そのままアメリカ支配の国になっていたとしたら、1951年9月8日が「独立記念日」であり、毎年9月8日が「独立記念日」として国家的な祝日になっていたはずです。しかし実際には、サンフランシスコ条約をもって日本が独立したと思っている日本人は、今は、ほぼいないでしょう。現政府に対する反体制の人々もそういう運動をしている人は少数です。
現在の建国記念日は2月11日で、正確には「建国記念の日」で、国民の祝日に関する法律(祝日法、昭和23年7月20日法律第178号)第2条は、建国記念の日の趣旨について、「建国をしのび、国を愛する心を養う。」と規定しています。そして1966年(昭和41年)の祝日法改正により国民の祝日に加えられ、翌1967年(昭和42年)2月11日(政令により規定)から適用されるようになりました。日付は「政令」に基づき、日本神話を基に建国日とされていた紀元節(1948年〈昭和23年〉7月、祝日法制定に際し廃止)と同じ2月11日にされました。2月11日は、神武天皇の日本書紀における即位日(辛酉年春正月、庚辰朔、すなわち、旧暦1月1日〈『日本書紀』卷第三、神武紀 「辛酉年春正月 庚辰朔 天皇即帝位於橿原宮」〉)の月日を、明治時代にグレゴリオ暦での具体的な日付として推定したものです。他の祝日が祝日法に日付を定めているのに対し、この祝日のみが「政令で定める日」と定められています。
日付については歴史的な議論があり、当時の日本社会党は日本国憲法が施行された5月3日(憲法記念日)に、公明党(旧・公明政治連盟)設立者で創価学会会長の池田大作はサンフランシスコ講和条約が発効した4月28日をそれぞれ提案しました。民社党は聖徳太子が十七条憲法を制定したとされる4月3日を主張し、朝日新聞も社説で同じ日付を提案したそうです。反対派は戦前の文化を否定したかったわけです。
名称に「の」を挿入した「建国記念『の』日」としたのは、建国されたという事象そのものを記念する日であるとも解釈できるようにし、具体的な日付の決定に当たっては各界の有識者から組織される審議会に諮問するなどの修正を行い、社会党も妥協し、1966年(昭和41年)6月25日、「建国記念の日」を定める祝日法改正案は成立しました。こうした政治的妥協はよくあることで、少し違和感のある表現には、つねに政治的妥協という背景があります。そして、そのしこりが未だに残っていて、反対集会を開く人々がいるわけです。こういう政治文化も日本独特であり、この日には日本という国や政治について、改めて考えてみるのもよいことでしょう。
| 月 | 火 | 水 | 木 | 金 | 土 | 日 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 1 | ||||||
| 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 |
| 9 | 10 | 11 | 12 | 13 | 14 | 15 |
| 16 | 17 | 18 | 19 | 20 | 21 | 22 |
| 23 | 24 | 25 | 26 | 27 | 28 | |

