Little Roc(リトルロック)


十三夜の月のイラスト

ダラスで一日過ごした後、I-40という高速道路でアーカンソー(Arkansas)へ向かいました。アーカンソー(Arkansas)はローマ字風に読めばアーカンサスですが、アーカンソーと発音します。「アーカンソー」という名前はカンザス州と語源を同じくします。カンザ族と近縁のクアポー族 (Quapaw) の言葉で「下流の人々の土地」を意味する「アカカズ」(akakaze)、あるいはスー族の言葉で「南風の人々」を意味する「アカカズ」(akakaze)をフランス語風に発音したのがアーカンソー("Arcansas")であるとされます。なお、この語末の「a+子音字」は標準フランス語では[a]と発音するため、これを[ɔː]と発音するのはケベック・フランス語など北アメリカのフランス語の特徴です。アーカンソーの発音については、州選出の2人のアメリカ合衆国上院議員の間で、片方が「アーカンザス」([ɑːrˈkænzəs] ar-KAN-zəs)を主張したのに対し、もう一方が「アーカンソー」([ˈɑːrkənsɔː] AR-kən-saw)を主張するという論争があった(太字に第一強勢アクセント)そうで。1881年の州議会立法で公式に「アーカンソー」と決められました。それにしてもややこしい地名です。

アーカンソーは、1803年にアメリカ合衆国がナポレオン・ボナパルトから買収したルイジアナ領土の一部でした。1819年7月4日にアーカンソー準州となり、1836年に合衆国25番目の州、13番目の奴隷州として州昇格を認められました。農園経営者がアーカンソー・デルタに入って綿花栽培が盛んになり、アフリカ人奴隷が最も多い地域となりました。他の地域は自作農が多く種類も多かったのと対照的です。南北戦争開戦前の1860年、州内には111,115人の奴隷がおり、州人口の25%を超えていました。それで長く黒人問題がありました。

南北戦争の後、1880年代後半、農業の景気が悪化してポピュリストなど第三政党が生まれ、異人種間の連衡に繋がりました。南部の他州と同様、民主党は権力を保持するために議会立法や憲法の修正を行い、黒人や白人低所得層の選挙権を剥奪しました。民主党は彼等の連携を阻止しようとしました。その後にも1900年、民主党は郡と州の選挙で白人予備選挙 (White primaries) を拡大し、黒人が政治に関わることを否定しました。予備選挙で黒人が候補者になれたとしても、民主党が権力の全てを掌握しました。数十年間も民主党一党独裁が継続しましたが、1964年の公民権法と1965年の選挙権法成立で、その時代が終わりました。今の民主党の思想になる前はむしろ差別的だったのです。奴隷解放で有名なリンカーン大統領は共和党でしたから、今のアメリカの政治状況からすると、正反対の状況でした。1992年、民主党のビル・クリントンがこの州出身者として初めて大統領に選出されました。

アーカンソー州の州都はリトルロックです。市名はアーカンソー川南岸に積み上げられた岩で、河川交通のランドマークであったLa Petite Roche(英語で"little rock")に由来します。街に入っていろいろ史跡を見たかったのですが、例によって街を避けて、その手前のホットスプリングスに宿泊しました。名前の通り、アメリカには数少ない温泉がありますが、パスになりました。

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