手話研究の星6 ストーキー(William C. Stokoe) ①

ギャロデット大学のゲストハウスに滞在中、たまたま娘の誕生日があり、これもたまたまギャロデットに来ていたウッドワードが誕生日を覚えていてくれて、会いに来てくれました。ゲストハウスについて、彼は初めて入ったそうで、そういう建物があることも知らなかったと言ってました。アメリカの大学は広く、一軒家のような建物が散在しているのと、職員専用食堂とか、牧師館とか、一般学生が知らない建物が多く存在します。そういう場所に泊まれたのも幸運でした。
メリル学長の手配のおかげで、ストーキーに会うことができましたが、彼の研究所も一軒家の2階でした。研究所といっても職員はおらず彼一人だけの研究室でした。驚いたのは、同じ建物の1階に、後述のオリン・コーネットがいたことです。最初にもらった地図には同じ地番で枝番号だけ違うので、近所とばかり思っていたのです。なぜ驚いたかというと、ストーキーといえば手話学の創始者、コーネットは口話法の権威ですから、聾教育としては正反対の思想だからです。
ストーキーは静かな物腰の好々爺という雰囲気で、まず彼がなぜギャロデットに来たのか、という話をしてくれました。彼は英語教師として、この大学に就職しました。その理由は、彼の趣味がバグパイプで、聾者の大学なら学内でバグパイプを練習しても文句は来ないだろうと思ったからだそうです。バグパイプはかなり大きな音が出ます。ギャロデット大学では、すべての指導者には手話で講義を行うことを必要としていたため、教職員に採用されてすぐに手話の指導を受けて講義に備えていたのですが、しばらくすると、学生同士が手話でコミュニケーションしているのを見ても何を話しているのかわからなかった。それが、手話の研究への端緒となったといいます。つまり、彼が習った手話は英語を翻訳するためのもので、聾者同士の手話ではないことに、気がついたわけです。
1960年、彼はSign Language Structure: An Outline of the Visual Communication Systems of the American Deafを発表しました。この論文で「手話は世界中の音声言語で見られるのと同じように、それ自身が機能的で強力な独立した構文と文法を持つ、精緻で成長している自然言語だ」と主張しました。この論文がきっかけとなり、手話は言語学の研究対象となった、わけです。その後、彼はA Dictionary of American Sign Language on Linguistic Principles(言語学の原理に基づいたアメリカ手話辞書)を聾者の協力者と共著で発表しました。この辞書は、後にストーキー表記法(Stokoe Notation)と呼ばれる独自の「手話表記法」で見出しが書かれています。つまり「手話から引く辞書」なのです。この思想が言語学的には非常に重要です。今も世界の手話辞典のほとんどは、その国の国語から手話を知るための辞書で、逆引きはほぼありません。日本人が英語を学ぶには英語辞書は必須です。つまり学習対象言語の表記は不可欠です。ところが手話については、「日本語で引く和英辞典」と同じ発想の手話辞典しかないわけです。手話を記号で記述する、というのは相当に大変な作業ですから、今もなかなか出てきません。
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