週休2日制度


正午

1876年(明治9年)のこの日、官公庁で土曜半休・日曜休日制が実施されたことを記念して3月12日は半ドンの日となっています。半ドンはもう死語かもしれません。

明治元年(1868)の太政官布告では31日を除く1と6のつく日を休日としていました。つまり月に6日休みだったわけで、5日働いて1日休む制度でした。しかし欧米との交易などで不便があったため、欧米と同じ仕組みに改めました。欧米は当然キリスト教国ですから、1週間に1日安息日があります。当時を比較すると日本の方が、月当たり平均2日休日が多かったのです。

土曜半休制度は1850年のイギリスの工場法改正によって立法化され、日本には1876年に日曜日全休(1月4日を除く、28年に4回)と合わせて官公庁に導入されました。イギリスは産業革命後、労働時間は急増し社会問題になっていて、労働が過酷であり、とくに幼年労働者及び女子労働者を保護することを目的として制定されたのが工場法です。当時のイギリスでは労働時間や深夜業が当たり前でその規制でした。

かつて日本の多くの官公庁・企業・学校で土曜日は半ドンでした。1960年代からは土曜日を8時間労働にして週休二日制を導入する自治体が現れ、1980年代以降は完全週休二日を導入する企業が増え、1992年には国家公務員に週休二日制が導入されたという経緯があります。

半ドンのいうのは、江戸時代末期、オランダ語で日曜日・休日を意味する「zondag」(ゾンターク・ゾンダッハ)という言葉が長崎出島より伝わりました。それが訛って「ドンタク」となり、土曜日は半分が休日であることから「半ドンタク」、略して「半ドン」となったという説があり、この「ドンタク」は「博多どんたく」の名前の由来だとされています。また明治4年から皇居で毎日正午に空砲(午砲・ドン)を撃っており、土曜日は半日経った正午の「ドン」とともに仕事が終わることから、丸の内に勤める人たちの間で「半ドン」と呼ばれるようになったという説もあります。

今では当たり前の週休二日制は1980年代頃より土曜日を休日とする「完全週休二日制」が民間企業で広く採用されるようになり、1992年(平成4年)5月から国家公務員の完全週休二日制が実施されたことによります。公立小中学校及び高等学校では、1992年から第2土曜日が休日となり、1995から第4土曜日も休日となり、2002年度から土曜日を休日とする「完全学校週5日制」が実施されるようになりました。

(参考https://zatsuneta.com/archives/103122.html, wikipedia)

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