専門分野の融合化
現在、いろいろな専門分野で分散化が進んでいます。とくに顕著なのが医学と工学でしょう。専門家が進むということは深化の結果であり、それ自体は歓迎すべきことかもしれません。しかし利用者からすると、より不便になったことは否めません。たとえば病院に行っても、あちこちの科を受診することになるのですが、どの科に行けばいいのかは素人にはわからないので困ります。総合受付のようなものがあるところもありますが、いきなり大学病院を受診することはほとんどなく、一般的には自分で判断し、近所の専門医に受診して、そこから紹介してもらうことになります。今でも地方にいけば何でも見てくれる診療所があって、地域の人は重宝しています。これは北欧の国では普及しているホームドクター制度と同じであって、医療側の都合よりも患者側の都合が優先されている制度です。今政府がやっきになっている予防医学は専門家を養成することではなく、医療制度そのものを改革しないと意味がありません。
専門性が発達した分野は分散にならざるをえませんが、発達がある程度までいけば、次は融合の時代になります。際限のない分散はありえません。あるとしたら宇宙のビッグバンくらいです。実際の科学でも融合が始まっています。日本は長く文系と理系に分かれて、それぞれに分化していきましたが、近年は情報科学などでは、文系と理系の融合によって新たなパラダイムの提案がでてきました。そしてコンピュータ言語の進化は文系でも扱える言語が出現し、文系のエンジニアが成果を上げています。近年は子供へのIT教育の必要性が叫ばれるようになり、そこでは情報処理技術よりは教育技術の必要が改めて認識されています。文系の管理者がノーコードでアプリを作成するCMがあるように、ノーコードのプログラム作成が融合化を促進しています。しかし一方では、ノーコードのプログラムはバグの発見やトラブル発生時の対応がむずかしいという欠点も露わになってきました。なにごともいいことずくめということはないのですが、融合化にもいくつか課題があります。やみくもにくっつければよいというものでもありません。最近は銀行システムや決済システムの不具合で停止することがよくありますが、原因は経済的理由で無理やり統合化した結果である場合がほとんどでしょう。いわゆる「木に竹を接ぐ」手法です。ノーコード型のプログラムは積み木と似ていて、大きくなればなるほど、倒壊の危険性は増します。組み込んでいく場合には、最終形をイメージし、きちんとした設計図がないと混乱の原因となります。建て増しだらけの旅館のように火事や災害があると被害が大きくなります。これらの例が示すように文系と理系の融合においても、双方に相互理解がないと木と竹になってしまいます。ところがこれまでの教育は内容が分散していたので、双方の知識もかなり偏っていますから、事前の勉強がないと議論がかみ合わないことがしばしば起こります。まずは一気に接合するのではなく、互いをよく知ることから始めなくてはなりません。
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