やまとことば③ こと1



者と物の話はキリがないので、次は事(こと)の話に移ります。コトはモノと違い、実際に目で見ることができない抽象的な存在です。抽象的であるが故に意味の広がりはさらに広くなります。

コトとモノの違いは「価値のある体験や経験あるいはそれらを得るための事象が「コト」で、価値のある機能を持つ道具や商品が「モノ」です。「コト」は形のないものに価値がある無形商品のみですが、「モノ」は形のある有形商品が多いもののデータ配信など無形商品の場合もあります。」(https://chigai-hikaku.com/?p=43673)というのが代表的な解釈です。

コトの用法はたくさんありますが、日本語に特徴的な言い方として「私のこと、憶えてますか?」のように、人に関する抽象的な経験や出来事をたずねる用法があります。これを英訳するのはかなり困難です。普通の翻訳だとDo you remember me?となります。しかし、この英語を逆翻訳backward translationすると「私を覚えていますか?」となります。この日本語には違和感を感じられると思います。日本語として間違っていないのですが、どこか居心地悪い感じがすると思います。こういう状況ではコトがないとおかしいのですが、なぜでしょうか。いろいろな文法書を見ても、コトの4つの用法を紹介しているだけで、解説はしていません。「私を」では何か直截的な感じがするので、意図的にコトを加えることで、間接的にして、いわば婉曲的な表現にしているわけです。この用法は文法というより、文体に属する現象なので、文法書に説明がないのはそのせいかもしれません。

英語にも婉曲用法はありますが、euphemisms(ユーフェミズム)といい、日本の英語教育ではまず習うことはなく、特殊な文体扱いです。アメリカ英語では、むしろ意味が曖昧になるため、移民の多いアメリカでは直截的かつ単純な表現が一般的です。しかし日本語では逆に直截的な表現は「人間関係をスムーズにする」ため、婉曲用法の頻度は高いです。とくに否定的な語についてはなおさらで、yes-noでは答えないのも普通に行われます。「お引き受けしかねます」のような「丁寧な表現」はビジネス場面ではむしろ必要とされています。こういう日常に慣れていると、海外に行った時、英語ができる人でも、なんとなく現地の人の表現が「ぶっきらぼう」な印象を受けます。こうした婉曲表現とそれを多用する日本文化は独特のものであり、無理に海外規準グローバルスタンダードに合わせる必要はありませんが、海外からは異文化とみられることは意識しておくと人間関係で悩むことは少なくなるかもしれません。

コトという形式名詞にはそういう深い文化に根差した意味があるので、母語話者以外にはなかなか習得されず、理解されない側面があります。コトには次に述べるように①その人・物事に関連する事柄を表す用法、②前部を名詞化する形式名詞の用法、③名称の言い換えを表す用法、④ 終助詞のように文末で用いる用法に分類されています。「私のこと、憶えていますか?」のコトは①の用法です。「私のこと」は漢字で書くと私事(わたくしごと)ですが、これは意味が変わります。外国人は悩みます。

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