手話の雑学59

前述のコーヒーとミルクの関係をイメージしつつ、優勢であるコーヒーを日本語と考えれば、初期の日本語と手話のピジンは「不完全な日本語」であり、コーヒーミルク状態です。聾学校では、先生と生徒の間で、こうしたピジンが発生しましたが、先生は日本語習得を基礎に考えているため、生徒の日本語は不完全であり、いわゆる「ろう文」と呼ばれる「独自の逸脱」が観察されてきました。実際、「手話の影響」が指摘されていました。聾教育は国語教育とほぼ同義ですから、日本語習得が最大の関心事です。それでも聴者には「ある程度」理解できるので、聾学校などでのコミュニケーション現場では活用されました。そして聾児にはより正確な日本語を使うような言語訓練をします。口話訓練がそれです。発音訓練は外国語学習してみればすぐわかるのですが、非常にむずかしいものです。それを音が聞こえにくい状態でするのですから、耳栓をしながら英会話するのに似て、苦行以外の何物でもないです。しかし時代が変わって、手話通訳養成が普及した結果、手話を優勢言語として混淆化した手話日本語ピジンが発生します。それは、先生である聾者から見ると「不完全な手話」という価値観になります。よくいう「日本語対応手話」というのは、時代の変化と視点の変化により、内容も価値判断も違います。初期のタイプは身振りが中心で、それに「不完全な」日本語の音声がつくタイプです。聴者が手話学習をするようになると、今度は手話の発音である、手や顔の動きは学習がなかなか大変です。そして語彙は手話になり、文法は日本語文法の基本だけを使用するタイプの日本語対応手話になります。日本語文法としては、語順と目的語くらいで、活用や助詞、時には述語も省略されていきます。日本語を最も省略した形である、「名詞の羅列」という文法が使われます。そして、それは優勢言語使用者である聾者から見ると、「不完全な手話」であり、「よくわからない手話」ということになります。手話学習者も上達するにつて、手話語彙量が増えるだけでなく、語順も手話に近づき、手話文法の量が増えていきます。つまり「脱ピジン化」が起こるのです。このタイプの日本語対応手話は、客観的には日本手話に近いのですが、初期のコーダによるタイプとはまったく違った変種になります。いわば、コーヒーフレーバーのコーヒー牛乳と、ミルクコーヒーの違いのようなものです。よく似てはいるものの、視点が異なります。コーヒーとミルクの混ぜ方は専門的な分析による実態と一般のイメージはかなり違います。このコーヒーとミルクの例えも混乱を招きそうなので、「たんなるイメージ」と捉えてください。ただいえることは、聴者によって学ばれて発達していった日本語対応手話は研究してみると、聾者の日本手話よりも、より手話文法の深い部分が強調された面があり、正確な成分比はわかりませんが、手話文法要素が強いものになってきています。1例ですが、文末に指差しを表現する「サンドイッチ構造」は昔の聾者手話表現にはあまり見られませんが、現在の聴者の手話には頻繁に見られます。それは「過剰般化」という現象です。
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