手話研究の星1 カール・カーシュナー②(米教育制度)

カール・カーシュナーがプリンシパルをしていたケンドールは、形式上ギャロデット大学に所属していますが、日本の大学付属校とはまったく違います。ケンドールは12年制という特殊な制度になっていて、その上にはモデル中等学校(MSSD)があります。ケンドールとMSSDは別組織のため、ケンドール卒業生は他の高校に行ったり、MSSDに他の聾学校から入学する生徒もいます。アメリカでは国民の多くが移動するため、生徒も移動することが多いので、日本のような地元というような意識は希薄です。ギャロデット大学はアメリカには珍しい連邦立なので、国家予算で運営されています。日本では国立大学が普通ですが、アメリカでは州立大学が普通で、国立大学はMIT,CalTech,RITなど、国策の工科大学の他にはギャロデット大学のみです。つまり聾者のための大学は国策であり、設立には1864年にリンカーンが署名した、ということで有名です。MSSDもジョンソン大統領が署名しています。ある意味、政府と深い関係にあるといえます。
カールはプリンシパル時代、RID(Registry of Interpreters for the Deaf,手話通訳者登録協会)の初代会長で、アメリカの手話通訳者のリーダーでもありました。その関係もあって、ある時、当時のカーター大統領から要請があり、「God bless you.」(紙のご加護を)という手話を教えるということになりました。この言葉は政治家が演説の最後に締めくくりに使うことが多いのです。ただ大統領は忙しいので、専用車で移動する間に教えてほしいということになりました。カールは専用車に乗り込み、最初は向かい合って手話を教えていたのですが、どうもうまくいかないので、背後に回り、二人羽織のようにして、動作を教えようとしました。いわゆるモールディングですが、それを見たSPが一斉に緊張し、車が停止しました。SPは彼が大統領の首を絞めようとして襲い掛かったと誤解したわけです。事情を説明して事なきをえましたが、カールにとって「自慢の」エピソードです。大統領専用車に乗れただけでなく、大統領に初めて手話を教えた人物だからです。
カールはその後、ワシントンを去り、一家でカリフォルニアに移り、CSUNの准教授になりました。それはCSUNが聾教育に熱心であったこと、そして大学にNCOD(National Center Of the Deaf全米聾センター)があり、手話通訳を養成して、各学部に聾学生のための手話通訳を派遣する、というシステムができたからです。ここでアメリカの聾者向け高等教育の方式をご紹介しておきます。三大拠点があって、1つはギャロデット大学のように先生がすべて手話で講義する方式、CSUNのように学生に手話通訳とノート筆記者をつけて、普通に講義を受けさせる方式、そしてNTID(National Technical Institute for the Deaf)のように聾者専門学部を設置し、手話で講義する方式です。そしてギャロデットは文系学部のみ、NTIDは工科のみ、CSUNは多様な学部になっています。単なる方式の違いだけでなく、学問的選択肢もいろいろあります。これがアメリカ教育の特徴で、日本は教育の選択肢が少ない教育制度といえます。
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