BoulevardとStreet

BoulevardとStreetは、単なる道の広さの違いだけでなく、都市の成り立ちや機能において全く異なる役割を持っています。それぞれの言葉のルーツと、歴史的な町づくりとの関係を紐解いていきます。Streetは生活と交流の基盤であり、語源はラテン語の「strata(舗装された道)」です。歴史的な町づくりにおいて、Streetは「建物が並んでいること」が前提となります。歴史的役割: 中世ヨーロッパの町では、まず教会や市場(広場)が中心に据えられ、そこから放射状、あるいはグリッド状に道が伸びました。これらがStreetです。構造: 建物の入り口が直接道に面しており、一階には商店や職人の工房が並びます。つまり、単なる「通路」ではなく、人々が立ち止まり、商売をし、交流する生活空間としての性格が強いのが特徴です。
方位との関係では、都市計画において、教会の祭壇は東向きに作られることが多いため、それに合わせて南北に走る主要なStreetが、人々の移動の背骨(カルド)となることがよくありました。Boulevard(ブールバールともいう)は、防衛遺構からの転換で、語源はドイツ語の「Bollwerk(防塁・砦)」、英語でいう「Bulwark」です。これがStreetとの決定的な違いを生んでいます。
歴史的役割として、かつての都市は、外敵から守るために円形の「城壁」で囲まれていました。大砲の登場などで城壁が不要になった時代(特に17世紀〜19世紀のパリなど)、その城壁を取り壊した跡地に作られたのがBoulevardです。構造: 城壁は町をぐるりと一周囲んでいたため、Boulevardは必然的に「環状の広い道」になります。また、もともと軍事的なスペースだったため道幅が非常に広く、並木道や歩道が整備され、都市の景観を整える遊歩道としての機能も持ちました。
都市計画の意味では、19世紀のパリ改造(オスマン計画)では、狭く入り組んだStreet(スラム化しやすく革命のバリケードも作られやすかった)を貫通するように、直線的で巨大なBoulevardが建設されました。これにより、軍隊の迅速な移動と、風通しの良い近代都市への転換が図られたのです。東京の道路は放射状と環状になっていますから、それぞれを英語的に命名するならstreet, boulevardとなるはずですが、英語表示はそうなっていません。
欧米の町の形成は、まず核として教会ができ、その前に市場(広場)が生まれます。そしてStreetが発展し、広場から四方に道が伸び、両脇に家が建ち並ぶ(Street)ようになります。防衛上、町が大きくなると、その外側に城壁(Wall)を築き、Boulevardが誕生します。平和な時代になると、不要になった城壁を崩して、町を一周する巨大な大通り(Boulevard)になります。このように、Streetは「町の中から外へ伸びる毛細血管」であり、Boulevardは「町全体を包んでいた殻が変化した大動脈」であると言えます。ちなみに、アメリカなどの新しい都市ではこの歴史的経緯がないため、単に「南北がStreet、東西がAvenue」といった便宜上の区別で呼ばれることが多くなっています。こういう街の成り立ちを知っていると地図無しでも迷うことがありません。
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