日本史と世界史で読み解く 北米建国物語 第4回(続々々) 鎖国の日本、開拓の北米

十三夜の月のイラスト

― 海を管理した日本と、川をたどって内陸へ進んだヨーロッパ人 ―

・なぜ北米では「西へ」が重要になったのか

北米の歴史を理解する上で、「西」という方向は非常に重要です。大西洋岸に到着したヨーロッパ人にとって、西には巨大な大陸が広がっていました。その先には何があるのか。どこまで土地が続いているのか。どんな資源があるのか。どんな民族が暮らしているのか。こうした未知への関心が探検を促しました。そして、「もっと西へ」という動きは、やがてアメリカの歴史そのものを象徴する言葉になっていきます。

一方、日本では海の向こうへ、ではなく、国内の秩序を維持し、国内市場を発展させる方向へ社会が進みました。この違いは、19世紀に非常に大きな意味を持つことになります。

・ただし、日本も「世界」から離れてはいなかった

江戸時代の日本を「世界から閉ざされた国」と考えると、後の歴史が理解しにくくなります。長崎にはオランダ船が来ました。中国船も来ました。朝鮮通信使が来日しました。琉球王国との交流も続きました。蝦夷地を通じて北方世界との関係もありました。そして、海外から入ってくる情報は、幕府や知識人によって収集されました。

つまり江戸時代の日本は、「世界を知らなかった」のではなく、「世界との接触を管理していた」のです。この違いは非常に大切です。

・1639年の日本と1639年の北米

では、同じ1639年に目を向けてみましょう。日本ではポルトガル船の来航禁止によって、幕府の対外関係統制が一段と強化されました。

一方、北米ではイギリス植民地が拡大を続けています。ニューイングランドでは町が増え、農地が広がり、植民地政府が整備されていました。フランス人は五大湖やセントローレンス川周辺で毛皮交易を続けています。

つまり1639年は、日本が海外との関係を「管理する体制」を固めた年である一方、北米ではヨーロッパ人の活動範囲が「拡大する時代」の途中だったのです。

しかし、ここで面白い逆説が生まれます。日本は海外との交流を制限したことで、国内に安定した市場を作ることができました。北米は海外からの移民を受け入れ続けたことで、人口と領域を拡大しました。

つまり、「閉じたから停滞した」「開いたから発展した」という単純な話ではないのです。それぞれが異なる方法で社会を発展させていました。

・日本の江戸時代と北米の植民地時代

17世紀後半から18世紀にかけて、日本では江戸時代の社会が成熟していきます。農業生産が増え、商品経済が発達し、都市人口が増え、出版文化が栄え、庶民文化が花開きます。

北米でも植民地社会が成長します。人口が増え、農業が拡大し、港町が発展し、新聞や出版物が増え、植民地議会が政治的経験を積み重ねていきます。

ここで両者は、意外にも似た方向へ進んでいます。どちらも、「戦争の時代」から「商業と都市の時代」へ移行していたのです。しかし、その社会の構造は大きく異なりました。日本では幕府を頂点とする政治秩序が維持されました。北米では、それぞれの植民地に自治制度が発達しました。この違いが、18世紀後半に決定的な意味を持つことになります。

・「鎖国」と「開拓」は、二つの生き残り戦略だった

ここまでをまとめると、日本と北米の違いは単純な「閉鎖」と「開放」ではありません。日本は、国内を安定させるため、海外との接触を管理した。北米のヨーロッパ人は、新しい土地と資源を求め、海外から人を受け入れながら領域を拡大した。その背景には、地理、人口、宗教、経済、軍事、国際関係、国家制度という多くの要素がありました。

そして、この二つの道は18世紀になると、さらに明確な違いを生み出します。日本では、元禄文化が花開き、町人文化が成熟していきます。北米では、十三植民地が成長し、植民地議会や自治の伝統が強まっていきます。ところが18世紀半ば、一つの大きな戦争が両者の歴史を大きく変えます。それが、フレンチ・インディアン戦争です。

フランスとイギリスが北米の覇権を争ったこの戦争は、北米史だけでなく、日本史にも意外な形で関係しています。なぜなら、この戦争の結果としてイギリスが巨額の戦費を抱え、その負担を北米植民地に求めたことが、やがてアメリカ独立戦争の原因の一つとなるからです。

そして日本では、その頃、八代将軍徳川吉宗の時代を経て、田沼意次が政治の舞台に登場しようとしていました。

次回は「元禄文化とニューイングランド」へ進みます。

日本では江戸の町人たちが歌舞伎、浮世草子、俳諧などの文化を楽しんでいた頃、北米ではニューイングランドの町に教会や学校、印刷所が建設されていました。「経済が豊かになると、人々はどのような文化を生み出すのか」。元禄の日本と植民地時代の北米を比較すると、同じ「新しい豊かさ」が、まったく異なる文化を生み出していたことが見えてきます。

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