日本史と世界史で読み解く 日米物語 第15回(3) ワシントン会議と太平洋の秩序

― 「5:5:3」の裏側で、日米は何を考えていたのか ―
・アメリカにも同じ問題があった
実はアメリカも軍縮によって利益を得ています。アメリカは巨大な経済力を持っていましたが、第一次世界大戦後には戦争による負担を減らしたいという思いがありました。
また、日本とイギリスとの海軍競争を抑えれば、太平洋の安全保障を維持しながら軍事費を削減できます。つまり、日本にも軍縮する理由があり、アメリカにも軍縮する理由があったのです。この点は非常に重要です。
ワシントン会議は単純な「アメリカが日本に軍縮を押しつけた会議」ではありませんでした。各国それぞれの利益が重なった結果として成立したのです。
・もう一つの重要なテーマ――中国
ワシントン会議では、海軍軍縮だけが話し合われたわけではありません。もう一つの重要な問題が、中国でした。第一次世界大戦後、日本は中国で影響力を強めていました。特に第一次世界大戦中、日本はドイツが中国に持っていた権益を引き継ぎ、山東省での権益を拡大しました。これに対して中国では強い反発が起こります。1919年の五四運動も、その背景の一つでした。
・「中国を誰のものにするのか」
もちろん、中国は誰か一国の「もの」ではありません。しかし19世紀末から20世紀初頭、中国では欧米列強や日本が鉄道、鉱山、港湾などの権益を獲得していました。アメリカは、「門戸開放」を掲げ、中国市場への公平なアクセスを主張します。日本が中国で特別な権益を持つことに対して、アメリカは警戒を強めました。ここに日米の利害対立がありました。
・九カ国条約
1922年には九カ国条約も結ばれます。アメリカ。イギリス。日本。フランス。イタリア。ベルギー。オランダ。ポルトガル。中国。などが参加しました。中国の主権と領土保全、そして門戸開放の原則が確認されました。これは中国に対する列強の競争を一定程度抑えようとする試みでした。
しかし、現実には中国国内の政治情勢も不安定であり、条約だけで列強の利害対立を消すことはできませんでした。
・日英同盟の終わり
ワシントン会議では、日英同盟の問題も重要でした。日本とイギリスは1902年以来、同盟関係にありました。この同盟は日露戦争や第一次世界大戦で日本の国際的地位を高める上で重要な役割を果たしました。
しかし、アメリカは日英同盟を警戒していました。もし日本とイギリスが同盟を維持し、アメリカと対立することになれば、太平洋の安全保障が不安定になる可能性があります。そのため、ワシントン会議を通じて日英同盟は終了することになります。
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