理性と理由
日本語では別の語になりますが、欧米の言語では同じ語で、英語だとreasonとなります。元から日本語にあったのではなく、明治以降に訳語として使われるようになったのが理性という言葉です。同じ語を「りしょう」と読むと仏教用語ですが、こちらはあまり知られていません。仏教用語の「りしょう」とは「宇宙万物の不変の本性」のことだそうです。なかなかむずかしい概念です。一方「りせい」は哲学用語で「人間に本来的に備わっているとされる知的能力の一つ。言い換えれば推論する能力」とされています。
理由は「正しく結論を導き出す根拠・論拠をいい、帰結に対するもの」とされています。そしてその論拠に基づき推論することがreasoningということです。日本語では理性も理由も名詞ですが、英語などではreasonは「推論する」動詞でもあります。
欧米の言語では同じ語が名詞でもあり動詞でもあることが多いのですが、日本語は名詞と動詞が分かれていて、派生という語形を変えることで互いに品詞を変えるしくみになっています。それ故、欧米の語を仮入して外来語として取り入れる場合、名詞の訳語にすることが多く、原語の概念を限定的に取り入れてしまうことが多いのです。理性と理由についていえば、理がreasonのことで、それに仏教用語で理性、仏性など「しょう」と読む漢字の性と合成して理性を当て、仏教用語と区別するために読み方を変えたわけです。同様にして理に由縁の意味をもつ由を合わせて理由という訳語を作りだしていきました。
明治時代は知的な人々はみな漢籍の知識があり、仏教用語の理解もありましたから、西洋の概念の訳語に漢字を充てて合成していく方法は割に易しかったのでしょう。実際、現代では訳語だということを感じさせないほど普及した福沢諭吉訳の語がたくさんあります。そしてそれらの訳語が近隣諸国へと広がっていきました。
訳語を作るのは日本の特徴ではなく、西洋でもギリシア語の概念をラテン語に訳したり、それがさらにドイツ語やフランス語や英語に訳語化されています。こういう借入によって、その言語の語彙が豊富になっていくわけです。日本語は、昔は中国語からの借用、それも時代によりいろいろな王朝時代からの借用があり、幕末はポルトガル語やオランダ語、明治になってフランス語やイギリス語からの借用がありました。現代はアメリカ語の影響下にあります。しかしそれで日本語がなくなってしまうかというとそうでもないのです。実際には意味を転用したり、別の意味にしたりしています。たとえばmansionは邸宅の意味ですが、日本ではマンションは共同住宅を意味します。
こういうことを考えることがreasoningです。
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