里帰り



日本では盆暮れの里帰りという江戸時代からの風習が未だに続いています。昔の奉公人には休日という習慣はなく、住み込みで食事の賄いつきで仕事をし、年二回お休みがでるわけです。そして労働を通じて技術を学び、将来は暖簾分けという独立に際してはお店が資金の支援をするというシステムでした。ベテランの奉公人になれば、住み込みでなく通いも可能で、嫁とりして暖簾分けというのが当時のビジネスモデルでした。貧しい農家や職人の家では、次男以下の子供を口減らしとして奉公に出し、立派な商人にするというのも夢でした。女の子は女中奉公に出し、こうした商人の嫁になる、ということも多かったようです。奉公人は里帰りに給金や土産をもたせる、ということもあったようです。日本のボーナスが盆暮れに出るのはこの習慣を引き継いでいるといえます。

今の視点からすると、労働搾取のように見えますが、欧米のような奴隷制度とは異なり、それなりに合理的な社会システムであったといえます。明治になって、富国強兵政策として下級武士や農民の子弟を軍人にするという雇用政策に転換となり、このビジネスモデルは衰退し、給料制度が普及していきました。それでも雇用主と奉公人の間には、昔のような親子関係に似た世話という観念が残っており、それが忠義という道徳観念を形成していました。落語によく出てくる「大家といえば親も同然、店子といえば子も同然」という賃貸借関係にも親子関係の延長があり、ヤクザや岡っ引きにも親分、子分という関係がありました。ヤクザ稼業では、オヤジとかオジキのような呼称が今も残っているようです。政治の世界では未だにオヤジと呼ぶ習慣が残っているのも古さの証です。

昔の里帰りの習慣はいまでは帰省という表現に変わってきています。帰省は都市圏から出身地の地方の実家に帰ることを意味します。つまりそれだけ多くの人が地方から都会に出稼ぎに来ているということです。出稼ぎというのは本来臨時雇用であり、地元には家族がいるような雇用形態ですが、今では出稼ぎが減り、都会でそのまま家族を構成し、帰省も主として夫の出身地の実家に行くことを意味することが多いと思われます。

家族が祭りに集合するのは外国でも普通に見られることで、欧米ではクリスマスがそれにあたります。アジア圏では正月がそれに該当し、日本は新暦のため、この時期になりますが、旧暦正月の国ではその時期になります。正月は春の始まりなので春慶節と呼ぶところもあり、人の移動が多いことがコロナ禍では問題になりました。

この里帰りという習慣も核家族化が進み、地方の高齢者が減るに従い、やがては消滅する習慣かもしれません。とくに夫の実家に行く、ということへの男女差別的抵抗感も増えていくであろう、と想像しています。

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