閻魔賽日


閻魔王

7月16日は閻魔賽日(エンマサイジツ、エンマサイニチ)と言い、地獄の釜の蓋が開いて鬼も亡者も休むとされる日です。1月16日(小正月)も閻魔賽日で、年2回あります。昔はこの日が藪入り(やぶいり)で商家は奉公人に休暇を与え、奉公人は実家に帰ることが許されていました。帰省する時にはお土産やこづかいをもたせるなど、旦那や奥様が気遣いを見せていました。年2回しか休みがない、という今日から見た批判は当たりません。当時、世界では労働者の休日などなく、1年中、奴隷のような労働をさせていた時代です。当時の商家は奉公人を家族のように扱い、一人前の商人になれば、暖簾分けをして支店を開かせるなどの支援をしました。多くの店が今でも暖簾分けをしているのは、そうした精神文化を残しているといえます。中国などでは一族で出していく文化が基本ですが、日本は他人をも家族として迎え入れるという文化です。今日でも盆や正月に田舎に帰省する習慣が残っていますが、それは藪入りという習慣の名残といえます。

閻魔賽日も藪入りも旧暦の習慣ですが、明治政府が新暦に変えてしまったため、旧暦の習慣は一部を読み替えたりして今も残っています。新暦と旧暦のどちらでするか迷う人もいますが、そこはおおらかに「どちらでもよい」「2回やればよい」のように解釈するのが日本的です。

閻魔賽日には閻魔を参詣します。 お寺では『十王圖』や『地獄相變圖』を拝み、人々は閻魔堂に参詣します。 閻魔は、地獄にいて亡くなった人の罪を裁く10人の裁判官(十王)の一人で裁判長の役割です。十王は道教と仏教が習合したもので、道教の十王に仏教の本地仏が決まっています。十王は死後の日にちによって審理担当が決まっています。

秦広王(不動明王、初七日)、初江王(釈迦如来、二七日)、宋帝王(文殊菩薩、三七日)、五官王(普賢菩薩、四七日)、閻魔王(地蔵菩薩、五七日)、変成(へんじょう)王(弥勒菩薩、六七日)、泰山(たいざん)王(薬師如来、七七日)、平等王(観音菩薩、百か日)、都市王(勢至菩薩、一周忌)、五道転輪王(阿弥陀如来、三回忌)が担当となっています。初七日が死後6日後(7日目)というのは想像できます。数えですから死んだ日もカウントします。次の二七日は14日目死後13日なので、誤解されやすいのですが、ニジュウシチニチではなく二ナノカと読むと納得がいきます。そうすると七七日がナナナノカがいわゆるシジュウクニチ(49日)です。閻魔様のご担当はゴナノカ(35日)ですから、本当はこの日が重要なのです。シジュウクニチの後は計算通り百日目ですから、7の倍数ではありませんが、この日に観音様に出会い、3回忌(2年後)にあの世の仏である阿弥陀様にお会いすることができます。仏教では死者の遺族は7日目ごとに仏様に死者の極楽入りの判決をお願いする死者を労わる精神文化をもっていたわけです。閻魔様が怖いというのは地獄を強調するようになった浄土の教えの影響であり、この世で閻魔様にお会いすることはないので、悪いことをしていなければ恐れる必要はまったくありません。

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