宗教色が薄まると文化は広がる


寺社巡り

天満宮への参道にある樹齢百年はあろうかという松の木の梢の上に、明けの明星がみえた時、まだうす暗い夜空に輝くVenusはとても美しいものです。ご来迎として日が昇る姿も美しいもので人気がありますが、日が昇ると星は消えていきます。

太陽を信仰する宗教は多く、宗教は光だとする宗派も多いです。しかし光が強いと星は消えます。光が強くない世界で星は光るのです。宗教を太陽、文化を星に例えると、宗教が強すぎる社会では文化は狭く固定的になり広がりません。宗教色が薄いと文化としていろいろな習俗が広がっていきます。今の日本は宗教色が薄い社会ですから、いろいろな文化が簡単に広がっていきます。たとえ菓子メーカーの市場戦略だとしても、クリスマスやハロウインがこれほど広がるのは原義である宗教の意義がほぼ感じられないからといえます。

宗教は人々の生活に不可欠なものです。日常生活の習慣のほとんどは元が宗教に根差したものであることは明白です。しかし現在の日本人が強く宗教を意識することは滅多になく、冠婚葬祭というきわめて宗教的な儀式でさえも、自分の信仰を主張する人は少ないです。一方で、正月の除夜、初詣、七五三、寺社の拝観観光など、ほとんど宗教を意識せず、お土産にお守りやお札を買ったり、ご朱印集めなどをします。これはレッキとした宗教的行為ですが、当人たちはほとんど意識していないと思います。レッキとした宗教行為である証拠として、これらは宗教法人の宗教儀式として非課税になっています。そして、外国人から見ると、文化であると同時に宗教と感じるはずです。しかし近年、日本にやってくる外国人観光客は宗教性を感じていない様子です。単なる風景であり、異国情緒の一部でしかない様子です。日本人が外国旅行した時も同じような感情で観光しています。宗教的に緩い国ならば、それでよいのですが、宗教性の強い国だとトラブルになることもあります。そういう国の文化は閉鎖的で国外に広がってはいきません。良い悪い、の問題ではなく、宗教と文化とはそういう関係にある、ということなのです。宗教と文化の違いは、互いに強すぎると戦争になることもしばしばです。宗教は相互に排他的な性質があるのは避けられないのですが、異文化を受け入れていくことで、宗教性が薄まり争いの種も減るのではないでしょうか。

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