同化主義と複合主義


公民権運動

1月10日は十日戎です。大阪や兵庫では盛大な祭りが開かれます。関西では有名ですが、関東でこれに相当するのは年末の酉の市のようです。酉の市は反対に関西ではあまり知られていません。こうした地域性のある習慣は今でも残っています。

これだけマスコミによる統一化が進んでいても、祭りのような地域的習慣はなかなか消えていかないものです。このように政治的な統一とは別に地域性=ローカリティはモザイクのように地域ごとに独立して全体としてまとまっています。こうしたモザイク様の社会を文化複合主義といいます。アメリカ以外では文化複合は当たり前すぎで話題になることはないのですが、アメリカのように民族や宗教、政治が入り乱れている国では、国家としての統一と地域としての分立が常に問題になっています。

昔、社会科の時間に「アメリカは人種のるつぼ」という表現を習いませんでしたか。坩堝(るつぼ)というのを見たことがないので、多くの生徒は意味がよくわからなかったと思います。坩堝というのは錬金術師が用いた化学実験器具で、金属などを高熱で溶かして混ぜ合わせるための器です。この坩堝のように、いろいろな人種が移民としてやってきた国であるアメリカは国家として1つにまとめるには、みんなが融合する必要があります。とくに言語や教育を統一することでまとめようという思想が同化主義assimilationismです。同化主義に基づく政策を同化政策といい、力を持つ民族が、弱い民族に対して自らの文化伝統を受け入れるよう文化的同化を強いる政策を言います。アメリカでいえば白人(アングロサクソン)英語を強制し、その英語による教育を指します。それに対し、少数民族からの反撃があり、まず黒人、次に先住民や移民などが個々の権利を主張するようになり、同化主義に対して複合主義を主張するようになりました。それが政策になったのが、公民権運動です。言語政策としては白人英語による統一から、各民族語との併用つまり二言語主義bilingualismへと変化していきました。教育も二言語教育bilingual educationが普及しました。二言語というのは国家として二つの言語を認めるということではなく、地域ごとに複数の言語を認めるということで、国家全体としてはかなりの数の言語を公認することになりました。手話もその一つであり、アメリカにおける日本語使用もその一つです。

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