大の月と小の月



新暦の不合理についての続きです。新暦には大の月と小の月があります。月によって31日の月と30日の月がありますが、不規則のため、いろいろな覚え方がありますが、日本では「西向く侍」として2,4,6,9,11月が大の月であると覚えます。日本的な語呂合わせを利用しています。英語圏では歌で覚えるそうです。Thirty days hath September,(三十日は九月、)April, June, and [dull] November:(四月、六月、十一月)All the rest have thirty-one,(残りは三十一日)Except[ing] [for] February [alone],(二月は別よ)と歌うそうです。[   ]内は地域差による違いです。他にもいろいろなバージョンの歌があります。興味がおありでしたらお調べください。また偶然ですが「ピアノなどの鍵盤楽器で、ヘ(F)の音を1月とみなせば、白鍵が大の月、黒鍵が小の月になる。」というのもあります。誰が発見したのがわかりませんが、すごいですね。さらに指間接を利用して知る方法もあります。図だとすぐわかるのですが、文章で説明するのは難しいので、これも探してみてください。

そもそもどうしてこんな形になったのかの詳細は不明ですが、「この月の大小は、グレゴリオ暦が由来するユリウス暦と同じである。これはさらに、太陰暦だったローマ暦の大小に由来するが、完全に同じではない。」「サクロボスコによると、ローマ暦および、カエサルが導入した当初のユリウス暦では、奇数月が大の月、偶数月が小の月だった。しかし、アウグストゥスが自分の誕生月の8月が小の月であることを嫌い、現在の形にしたという。しかしこの説は現在では否定されている」(https://ja.wikipedia.org/wiki/月の大小)とのことで、大本は奇数と偶数という1カ月おきが原則だったものを暦ごとに変わっていった、ということのようです。要するに合理的な理由はなく、元旦をいつにするか、復活祭のような祝日をいつにするか、といった習慣により、時々の為政者が暦を制定していた、ということです。日本は当然、習慣も文化も宗教も異なるので、そのまま導入すれば無理があることはわかりきっています。しかし明治政府の役人は西洋コンプレックスの塊であり、何でも西洋風にすることが良いと信じ込んでいて、無理やり導入したというのが事実です。

ある意味、月の運行という自然現象を基盤とした旧暦(太陰暦)は規則的であり、太陽の運行による季節性を加味して作成された太陽太陰暦は合理的であったといえます。しかし太陽にせよ、月にせよ、自転と公転が時間的に不規則であるため、誤差が生じるのは当然です。それを修正するために閏という特別な措置で処理してきたわけです。その修正も長い間にはひずみが生じてきます。そのため天文学者は星の動きを観測したりして修正した暦を発行してきたわけです。こういう天文観察は日本では陰陽師が担当していました。今では陰陽師というと呪術の面ばかり強調されますが、当時の科学技術の最先端であったわけです。

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