言語起源論2
言語起源論はオノマトペ説と身振り説に分けられる他、生得説と環境説に分けることができます。生得説というのは、言語は人間という種に固有に存在し、生まれながらにその学習機能が備わっている、あるいは本能だという考えです。それに対し、人間の言語習得は真っ白な状態から始まり、周囲から情報を習得することで発達していく、というのが環境説です。むろん、両極端ではなく、どちらの説も程度問題というか、言語データの重要性の認識は共通です。この言語習得の問題が言語起源論とも関わってきます。人間の子はどこにいても言語を獲得します。「狼に育てられた子」のような特殊例をどう考えるか、という問題にも関わってきます。同時に人間に育てられた類人猿やペットのコミュニケーション能力の問題もあります。そして脳に障害のある子どもの言語習得の問題、また事故や病気、老齢によって言語能力を失う例の考察もあります。言語起源論は当初は観念的な問題であったため、無益であるとして、一時は議論を封鎖する時代もありましたが、いろいろな言語に関わる問題が発生し、それらをどう考えるかという現実的な問題がでてきた時、再度、考察するようになりました。動物学や生物学の進化、医学の進歩、人類学的知見の拡大、そして言語学が昔のように印欧語だけを対象としてきた時代から、植民地時代の異言語との接触により、人間の言語とは何かという一般的な言語研究、一般言語学が発達するにつれて、言語起源論の議論が復活してきました。
それまで幼児の言語は成人の言語の未完成が形にすぎないという見方から、幼児の言語や母親の言語も言語変種であるという見方がでてくるにつれ、言語発達とは何かという問題も提起されます。たとえば大人は子供やペットに対して、幼児語を使いますが、これは実際に幼児が発するコトバとは異なり、大人が「これが幼児語だ」と思っている言語変種です。その「大人の幼児語」はどのように学習したのか、という問題もあります。その大人の幼児語はほぼ共通形をしており、なぜペットにまで使うのか、ロボットに対してはどうなのか、疑問は広がっていきます。そして幼児語は母語に対してのみ発達しますから、外国語の幼児語は容易ではありません。幼児語は「簡単な言語」というのは誤解で、簡単ならば学習も容易であるはずです。そして幼児は言語学習過程で、よくエラーを発生させます。このエラーを真似ることはほとんどできません。幼児語は大人の言語の未完成形で簡単な言語、というのは正しくないのです。一方で、言語習得過程では必ず幼児語の過程を通りますし、それは発音器官の発達の問題や脳の言語処理機能の発達と関連があることは確かです。この幼児の言語習得過程とコンピュータによる言語処理進化過程は同じではありません。AIが出力するエラーと幼児のエラーでは内容が異なるのも事実です。そこに言語起源の根本問題がある、と考える学者もいます。このように従来は人間と他の生物との比較の時代から、人間同士、人間の発達過程、機械との比較など、問題はさらに複雑化しています。
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