ものの始まり(起源)と終わり(終焉)


始まりと終わり

このコラムでも起源をいくつか説明してきました。何事にも始まりと終わりがあるのですが、始まりと起源はよく誤解されます。始まりは突然、そこから始まるのではなく、つねにその前に準備期間とか潜在期間があります。たとえば会社の始まりは設立ということになりますが、設立の前には資金集め、場所探し、人材確保などの三資源を確保し、準備を整えてから、通常だと登記という方法により、社会的認知を受けて、活動を開始することになります。普通はこの登記の日をもって創立記念日とすることが多いのですが、場合によっては、三資源集めを開始した日を創立と考える場合もあります。何人かの同志が集まって、何か活動を始めようということになった日を記念日と考えるわけです。会社は同志が集まって始めることもありますし、一人で始めることもあります。いずれの場合でも、協議や活動を始める前に、いろいろ考えたり、悩んだりする期間があります。結果として、それは設立に至らず、断念することもあります。このように始まりとか起源に至る前に、いわゆる「助走期間」と呼ばれる時期があります。さらにはその助走の前にストレッチしたり、精神統一したりするように、設立前の助走期間にもさらに準備期間があります。こうして考えると、実は始まりを特定の瞬間に設定することはイメージであって、現実ではありません。登記のような社会的認知は一瞬の通過点に過ぎないわけです。

終わりについても、同様に考えていくと、法律的には登記の抹消で終わりますが、会社の場合は債務処理があったり、場所の返却、そして雇用者の解雇など、三資源の解消に多くの労力が必要です。設立した責任が登記の抹消で終わるわけではなく、長期に渡って責務の解消に追われることも珍しくありません。助走の例でいえば、ゴールした途端にパッと止まっておしまい、ということはなく、少しだけ歩いたりして、その後、ストレッチ運動をしたり、休息と栄養補給が必要です。こういう一連の作業を始末あるいは後始末、ものによっては片付けというのですが、案外疎かにされていることが多いようです。この片付けないし後始末は、ある意味、次の走りのための準備期間ともいえます。つまり始まりから終わりまでの作業はそれで完結しているのではなく、時間的に連続しているのです。会社の場合でいえば、設立登記をして、そのまま、ということはありえません。発展に伴い、株式が変わったり、株主が変わったり、経営者が変わったり、場所が変わったり、目的が変わったりしますから、その都度、登記内容が変わります。そもそも役員に任期がありますから、任期が終わるごとに登記が必要です。このようにずっと続いているように見えても、つねに変化しているのであって、始まりと終わりがつねに繰り返されている、ということです。この始まりと終わりの連続についても準備と後始末がついて回ります。言い換えるとつねに物事は流動的であるということです。「ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず」(方丈記)は古今東西の真理です。

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