保延六年(1140)神無月十五日望月の日、佐藤義清(さとうのりきよ)という北面の武士が出家して円位となり、号を西行(さいぎょう)と名乗るようになりました。天皇が出家して法皇になり院政をしくのは珍しくないのですが、当時は武士が出家するのはそれなりの動機があったはずです。諸説あるのですが、NHK大河ドラマ「平清盛」では佐藤義清と清盛は親友でしたが、待賢門院璋子との愛憎劇が原因だとしている失恋説をとって・・・
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