推古元年霜月三日、崇峻天皇は蘇我馬子によって暗殺されました。実際に手を下したのは東漢 駒(やまとのあや の こま)です。日本の歴史上、天皇が暗殺されたのはこの事件だけです。事件は用明天皇2年(587)に用明天皇が崩御すると大臣であった蘇我馬子は大連の物部守屋を攻め滅ぼし朝廷の実権を握って崇峻天皇を擁立しました。やがて崇峻天皇と馬子は対立関係になり、馬子に命ぜられた駒は、崇峻天皇5年(592)崇峻天・・・
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