旧正月


十三夜の月のイラスト

今年は2月17日が旧暦元日、旧正月となります。旧正月という言葉は、どこか懐かしい響きをもっています。けれど実際には、これは単なる「昔の正月」ではありません。現在も東アジアを中心に広く祝われている、いわば“もうひとつの時間の始まり”です。

旧正月とは、太陰太陽暦―月の満ち欠けを基準にしつつ、太陽の運行で季節を調整する暦―による新年を指します。中国では春節と呼ばれ、2026年の春節は2月17日頃になります(年によって変わります)。この暦法は古代中国で体系化され、日本でも明治5年(1872年)まで公式に用いられていました。現在のグレゴリオ暦に切り替わったことで、1月1日が「新年」となりましたが、それ以前の人々にとって、年の始まりはもっと“春の気配”に近いものでした。中国の春節は、爆竹と赤い提灯、そして「福」の字を逆さに貼る風習で知られます。これは「福が到る(倒=到)」という語呂合わせです。言葉遊びが儀礼になるところが面白い。神話では年獣「年(ニエン)」を追い払うために赤色と爆竹が用いられたとされます。恐怖を音と色で制圧する。まるで文化が怪物に対抗する実験のようです。

ベトナムでは「テト」と呼ばれます。黄色い梅(ホアマイ)や桃の花が飾られ、祖先祭祀が重視されます。四角い粽「バインチュン」は大地を象徴するとされ、宇宙観が料理に埋め込まれている。食卓は小さなコスモス(宇宙)です。

韓国の旧正月は「ソルラル」といい、家族は韓服を着て年長者に拝礼し、トック(餅スープ)を食べます。このスープを食べると一歳年を取る、という言い方があり、時間が食べ物になる瞬間です。暦は抽象的な制度ですが、儀礼はそれを身体化します。

沖縄や奄美などでは今も旧暦正月を祝う地域があります。漁業や農業に従事する人々にとって、月と潮のリズムは実用的な指標でした。暦は生活のナビゲーション・システムだったのです。

太陰太陽暦は約29.5日の朔望月を基準にします。しかしそのままでは季節がずれていくため、閏月を挿入して太陽年に合わせます。これはいわば「自然との交渉」です。人間は空の運動を観察し、数学的に補正し、時間を編み直してきました。旧正月はその知的営為の結晶でもあります。

興味深いのは、旧正月がしばしば「家族の再会」と結びつく点です。中国では世界最大規模の人類移動が起こるといわれます。時間の節目が、人を移動させる。暦は社会を動かす装置です。

旧正月にあらためて空を見上げると、月の満ち欠けとともに始まる年という感覚がよみがえります。春節が立春の前後に位置することを思えば、これは「春の予感の祝祭」とも言えるでしょう。寒さの底で、光はすでにわずかに長くなっています。暦は人類が宇宙と結んだ契約書のようなものです。旧正月は、その契約がいまだに有効であることを思い出させます。月を基準に年を始めるという発想は、時間を直線ではなく循環として感じさせます。循環の感覚は、歴史や文化の持続を支える大きな力です。

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