ギャロデット大学 2


十三夜の月のイラスト

聾者大学として有名なギャロデット大学ですが、その成り立ちもアメリカ独特です。ギャロデットGallaudetというのは創始者ではなく、初代学長の父でアメリカ聾教育の創始者であるトーマス・ホプキンス・ギャロデットの名前からとったものです。1857年 ジャクソン政権下、合衆国郵政省長官を務めた慈善家のエイモス・ケンドールが聾の孤児などを教育する施設を作るために所有地の一部を寄贈しました。これがコロンビア聾唖教育施設であり、校長は、アメリカ初の公立聾学校の設立者の一人トーマス・ホプキンズ・ギャロデットの息子エドワード・マイナー・ギャロデットでした。1864年 連邦議会で、コロンビア聾唖教育施設を「国立聾唖大学」に格上げする議案が通過し、リンカーン大統領が署名しました。これが現在のギャロデット大学で、初代学長は、エドワード・マイナー・ギャロデットです。リンカーンの署名ということをアメリカ聾者は非常に誇りに思っています。一応、私立大学ですが、多くの予算を連邦政府が負担しているので、実質的に国立大学のようなものです。

アメリカの大学システムは複雑で、大別すれば州立大学と私立大学に分けられますが、MITのように設立に州が関与していたり、多くの私立大学が連邦や州からの補助金を得ていたり、と複雑です。そのため、州立大学を日本の国立大学のように考えるのは間違いです。ギャロデット大学には学部と大学院があり、学部は主に聴覚障害者が対象となっていて、新入生では聴者は最高5%のみに制限されています。日本からの留学生もいます。ただ日本の大学と違い、入学すれば簡単に卒業できるわけではないので、日本人の卒業生は少数です。大学院には聴者の数の制限はないとのことで、実際、手話学を研究する聴者がたくさんいます。

大学キャンパス内には、ケンドール初等聾学校、モデル中等聾学校が併設されていますが、ケンドールは上記のケンドールを顕彰したもので、モデルは普通のmodelの意味です。1988年 ろう者の学長を求めるデフ・プレジデント・ナウ学生運動が起こり、ろう者のI・キング・ジョーダンが8代目学長になり、以後は聴者の学長はいなくなったそうです。ギャロデット大学は日本の聾者からは理想であこがれの存在ですが、現実には聾者の高等教育や権利獲得運動においてギャロデット大学の果たしている役割は大きいとはいえ、聾者ばかりが集まっているコミュニティの弊害も指摘されています。

聾者の知識人の中には、教育レベルの高さや、聴者と聾者が共存する場を経験することの重要性の認識から、聴覚障害者向けの高等教育機関としてはギャロデット大学よりもカリフォルニア州立大学ノースリッジ校(CSUN)や ロチェスター工科大学(RIT)・国立聾工科大学(NTID)をより高く評価する人が少なくないそうです。また学生の落第、中途退学の率が高いのも問題で、それが原因で一時、大学認可取り消しの危機もありました。日本からも聾留学生が行きましたが、なかなか卒業はむずかしいようです。とくに授業はASLと英語が基本なので、日本手話と日本語では授業についていけないのが実態です。

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