最適化の問題点
近年は何かというと適正化というキーワードが使われます。これは主としてコンピュータ用語で、パソコンではデフラグにより高速で使いやすい状態にすることを意味します。最適化ともいいます。元は英語のoptimaizationで、これは派生語なので動詞のoptimizeが本来の元です。日本語は名詞中心なので、optimizeを「最適化する」のように逆の派生をしています。英語のoptimizeの類義語としてoptimist楽天家、optimism楽天主義があります。楽天家というと何となくノー天気な人みたいなイメージがありますが、これは翻訳のアヤみたいなもので、楽天主義も最適主義と言い換えると随分ニュアンスが変わってきます。
英語の大本はラテン語のoptimusで最善という意味です。反対がpessimusです。それでoptimistの反対がpessimistですが、日本語は本来楽観主義者、悲観主義者という訳語が正しくニュアンスを伝えていたのですが、楽天家という訳の反対語である厭世家はあまり広がっていないのと同時にニュアンスが否定的に思えます。このあたりに日本文化の特徴が表れています。最善の反対語は最悪ですからpessimusは最悪の意味です。そうなると原語に忠実な訳なら最善主義、最悪主義というのが正しいのですが、善悪という概念には仏教的なニュアンスが残るので、楽観、悲観というモノの見方に意訳しているのです。しかし楽天家と厭世家という人物評価にまで延長すると、価値観が含まれるようになってニュアンスも大きく異なってきます。
最適化には反対語がありません。最善化の反対語は最悪化です。ここに最適化という用語に罠が仕掛けられています。どういう罠かというと、本来は相対的概念であったものを絶対化しているということです。たとえば駅伝を考えてみます。どの区間にどの選手を当てるかというのは監督が選手の体調などを考えて選びますから、比較による相対的判断です。しかし優勝タイムや区間賞タイムの新記録は絶対的記録であって過去との比較はあっても、その時点では比較しません。優勝は他校のタイムとの相対ですが、新記録は絶対です。従って選手選択は最適化がありますが、優勝校の最適化はありえません。同じ競技の中に総体と絶対があるので、概念の混同が起きやすいのです。最適には条件があります。
パソコンでは使用していく中でさまざまなゴミ(フラグメント)が発生し、それが演算の邪魔になることがあるので、随時ゴミ取りをします。それがデフラグメント略してデフラグですが、それを最適化と呼ぶ習慣になりました。転じて他の世界もこの比喩を用いて、たくさんの選択肢から最善と思われるものを選ぶことを最適化というようになりました。問題は何を最善と判断するかは条件の判断が基準になります。それは価値判断であり相対的なものなので、それが正しい選択なのかどうかは結果を見るまでわかりません。
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