煤払い
煤(すす)という字もほとんど見られなくなりました。煤払いという年末の行事もお寺などでしかいわれない風物となりました。今は古民家でもないかぎり、家の中に煤がある家はないと思われます。昔は竈(かまど)だけでなく、囲炉裏や火鉢のような暖房器具、ランプや蝋燭(ろうそく)行燈(あんどん)などの照明器具も煤が出る物でしたから、しょっちゅう掃除が必要でしたし、仏具や神棚など普段あまり掃除ができない所は年末に大掃除するわけです。そして新年の新端(あらたま)を迎えるのが年末行事でした。
煤は炭素の塊ですから、そのまま捨てるのではなく、習字の墨の原料にもなり、塗料の原料にも使われました。こうすれば炭素は固定化されるので、現代でいう二酸化炭素削減にも役立っていました。燃料としての炭は木材を炭化させたものですから、燃焼効率はよい一方、二酸化炭素や一酸化炭素が出ます。有機物を燃焼させれば二酸化炭素や一酸化炭素がでるのですが、すべてがそうなるのではなく、一部は炭素となって空中に飛散します。それが煤です。その煤は再燃焼させることは可能なのですが、そうすると二酸化炭素や一酸化炭素が出ますから、そのまま固定化して活用するのが現代の理に叶っています。
実際の煤払いの煤は炭素だけでなく、ほこりなどと結合しているので、そのままでは墨や顔料には使えません。炭素だけを取り出して、膠(にかわ)などで固める必要があります。そのためには燃料が使われるので、単純に煤の利用が炭素の固定化とはいえません。
実はこうした二酸化炭素削減技術は似たような過程になり、理念的には削減になっても現実的にはあまり削減にならない、ということも知っておかねばなりません。この原理はこれからの水素生産にもいえることです。
煤は手に付いたりして汚れの原因なので、掃除することになりますが、実は仏像などの表面に炭素が付着しているのは防湿、防腐の効果もあるので、あまりきれいにするのも却ってよくありません。そこで仏像などは表面の埃だけ払いのけて、付着した煤はそのままにしますから、仏像の多くは黒くなっています。それが煤払いです。そしてそれが長年維持されてきた理由でもあります。煤は汚いものではなく、煤竹(すすだけ)といって、囲炉裏の上で燻して表面が煤で黒くなった竹を磨いたものは高価な材料です。
黒い木炭の粉に硫黄と硝石を混ぜたものが黒色火薬で、忍者の爆裂弾や、銃の弾丸の火薬に使われます。現代では花火の主たる火薬として利用されています。
煤は昔から今も有用な原料ですから、無碍(むげ)に邪魔者扱いしないで、再利用することの重要さを思いながら、煤払いをしてみてはどうでしょうか。
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