その他の投稿も検索をすることができます。
「検索ワード」「分野」「内容」を入力して
「検索」をクリックして下さい。
手話の雑学116 宗教と障害者観1新着!!
最近では手話への偏見はほぼなくなったといってよいと思われます。昔は「手真似」など侮蔑的表現が見られました。これは背景に障害者に対する差別的意識があったと思われます。障害者に対する考え方、つまり障害者観は今でも差別的傾向が残っています。そのため、障害者の家族は「肩身の狭い思い」をしたり、縁談に差し支えるなど、「できれば」障害者になりたくない、のが当たり前で、積極的に障害者になりたい、と思う人はまずい・・・
手話の雑学115 文法の過剰般化新着!!
手話の文法はまだ全容が解明されているわけではありませんが、手話通訳のデータが増えたことで、文法的な対応関係がだんだん見えてきました。 たとえば日本語が助詞で表現する内容はほとんどの場合、間をおいたり、口形をつけたり、特定の手話語彙をつけることで説明するという方略を採っていると考えられます。日本語の「~は」という格助詞の表現は、ほとんどの場合、いわゆる「話題化構文」という、「何」という語彙を文中に示・・・
大寒新着!!
大寒は寒さの極みが告げる、春への反転点です。一年で最も寒い頃を指す大寒は、二十四節気の最後を飾る節気です。例年一月二十日頃に始まり、次の立春までのおよそ二週間、暦の上では寒さの極みに位置づけられます。文字どおり「大いに寒い」時期ですが、この厳しさは単なる終着点ではありません。むしろ、大寒は春への反転がすでに始まっていることを、静かに示す節目でもあります。実際の気候を見れば、大寒は積雪が深まり、水が・・・
- カテゴリー
- コラム Articles
手話の雑学114 固有名詞新着!!
アメリカの聾民族主義者がアメリカ手話をASLと固有名詞化したのは、言語や民族、国名は先頭が大文字の固有名詞であることと関係が深いです。ご存じないかもしれませんが、英語で大文字と小文字に分かれたのは7、8世紀のことで、修道士たちが聖書の写本を作成する際に、効率的に書くために新しい文字が生まれたとされています。つまりそれ以前は小文字だけでした。聖書では、今もHe, Lord, Godのようにキリスト教・・・
手話の雑学113 言語と文化と宗教新着!!
言語と文化と宗教は不可分あるいは不変というのが一般的な理解ですが、現実はそれぞれが入り交じった社会を構成しています。言語は複数の言語が接触すると混淆言語(ピジン)という新たな言語が発生します。文化も借用や混淆により新たな文化が発生します。これらの自然発生的な混淆は人によっては「進化」ととらえられることもあります。日本語も長い歴史の中で、大陸からの語彙借用によって漢語ができ、西洋語が入ってきてカタカ・・・
冬土用の入り新着!!
冬土用の入りは立春を迎えるための「静かな助走」です。暦の上では「冬土用の入り」を迎えます。土用と聞くと、夏の土用丑の日を思い浮かべる方が多いと思いますが、土用は年に四回あります。立春・立夏・立秋・立冬、それぞれの日の直前、約十八~十九日間が土用とされ、その季節から次の季節へと移るための調整期間です。冬土用は、立春を控えた旧暦一年最後の土用であり、寒さの底から新しい循環へと向かう、いわば「静かな助走・・・
- カテゴリー
- コラム Articles
手話の雑学112 手話と宗教新着!!
手話と宗教は一見、何の関わりもないように思えるかもしれませんが、宗教が言語や文化と深い関わりがある以上、手話との関わりも深いものがあります。たとえば、手話による聾教育の創始者といわれるフランスのド・レペがカトリックの神父であったことから見てもわかります。そしてド・レペが採用した指文字のルーツは、スペインの修道士であったことも偶然ではありません。そもそも修道士がなぜ指文字を利用したか、というのは、カ・・・
手話の雑学111新着!!
ナラティブ手話の「波動関数」について考えてみましょう。比喩を使うなら、こう言えます。 「ナラティブ手話は意味の波動関数をもつ」。それは「時間・視点・身体配置にまたがって広がっている」。そして「分析はその一部を「測定」する行為」だから、「語彙分析するとナラティブが壊れる」し、「ナラティブを保つと語彙境界が溶ける」ということで、どちらも「正しい」のですが、同時には成立しない、ということです。 ここで前・・・
手話の雑学110新着!!
次に量子観測とナラティブ手話分析の関係を考えてみます。こちらは 「時間の中で意味が立ち上がる」という点で、上記よりさらに手話向きになります。 ③ 量子観測 と ナラティブ手話分析 まず、意味は「存在する」のではなく、「起こる」ものという理解が必要です。 出発点として、量子観測のもう一つの核心として、ハイゼンベルク以後の量子力学が突き当たったのは、この直観です。「粒子は観測されるまで確定した状態をも・・・
手話の雑学109新着!!
② 意味の流れを保つと、形式が曖昧になる、という問題 逆に、ナラティブ手話、詩的手話、会話の流れを重視した記述を行うと、どの瞬間にどの形か、境界はどこか、何が語彙で何が構文か、が曖昧になってしまいます。これは運動量を測った結果、位置がぼやける状態です。 ここで多くの研究がやってしまう誤りがあります。「もっと良い記述法を作れば、両立できるのでは?」という気持ちになります。ハイゼンベルク的に言えば、そ・・・
手話の雑学108新着!!
ハイゼンベルクをカッシーラ/ランガーと無関係にご紹介するのではありません。彼らの思想との接続があります。まず、そこを簡単にまとめておきます。 ・カッシーラ:象徴形式が世界を構成する・ランガー:非言語的・同時的象徴にも厳密な構造がある・ハイゼンベルク:観察と記述が、その構造の見え方を変える この三者を並べると、「手話は未分化なのではない」「私たちの観測理論が、まだ古典的すぎるだけだ」という、かなり強・・・
手話の雑学107新着!!
これまではやや古典的な哲学者で、言語学の主流とは異なる視点を紹介してきました。言語哲学者には、メルロ・ポンティやヴィトゲンシュタインなどを考察する人もいましたが、そうした古典的思考は後に解説するとして、今回は現代流行の量子理論の基礎となったハイゼンベルクの思想を手話分析に応用する、という視点を紹介したいと思います。 量子理論は量子コンピュータ開発という時代の最先端でもありますが、その基盤となる不確・・・
手話の雑学106新着!!
手話の移動動詞は DIAGRAM に、授受動詞は DIAGRAM と METAPHOR の中間に、心的状態動詞は METAPHOR に重心を置く形で分布しています。手話動詞の支配関係は次のようになります。 <動詞クラスにおける三分類の支配階層> 移動動詞 : DIAGRAM > IMAGE > METAPHOR授受動詞 : DIAGRAM = METAPHOR > IMAGE心的状態動詞: MET・・・
手話の雑学105新着!!
パースはアイコンを image/diagram/metaphor に細分しました。これを手話語彙に適用すると、以下のような層構造が見えてきます。 3.2 パースのアイコン三分類と手話語彙 ・image(形態的類似)手形・外形・動作が対象の物理的特徴を模写する(「鳥、鍵、電話」などの手話表現)。・diagram(構造的類似)対象間の関係・運動・配置のパターンを空間的に写し取る(方向性動詞、CL構造な・・・
手話の雑学104新着!!
次のチャールズ・サンダース・パースはアメリカ合衆国の哲学者・論理学者です。19世紀後半の人で、いわゆるアメリカ・プラグマティズムの創始者の一人です。時代も場所も、ランガーやカッシーラより一世代以上前になります。ランガーとカッシーラのような直接の師弟・人的ネットワークは、パースにはありません。カッシーラは、パースの記号論(とくに三項関係やアイコン概念)を、自分の「象徴形式の哲学」に理論的に取り込んだ・・・
手話の雑学103新着!!
そこでカッシーラの象徴形式論と聾文化の関係をみてみましょう。 2.カッシーラの象徴形式論と聾文化 カッシーラは神話・宗教・科学・言語など、多様な文化領域を「象徴形式」として捉えました。彼の枠組みを借りれば、手話は視覚身体的モードに基づく独立した象徴形式的言語であり、同時に聾文化の価値体系・認知様式を支える文化的装置として理解できるとします。すなわち手話は、コミュニケーション手段を超えて、視覚中心性・・・
手話の雑学102新着!!
次にカッシーラの主張をご紹介しますが、その前に、まずランガーとカッシーラの関係を説明しておきます。スザンヌ・K・ランガー(Susanne K. Langer)とエルンスト・カッシーラ(Ernst Cassirer)の関係は、一言で言えば「師の理論を、弟子が別の領域へ大胆に展開した関係」です。ただし、単なる継承ではなく、かなり創造的なズレがあります。カッシーラは、新カント派(マールブルク学派)に属し・・・
手話の雑学101新着!!
デカルトの『方法序説』の中で、手話に関する記述は次のような意味と解釈できます。 ・デカルトは明確に「手による言語表現」を認めていた・言語の本質を「精神の自由な表出」と捉えた・手話が音声と同等の言語機能を持つことを先取りしていた・聾者の言語能力を哲学的に肯定する基盤を作った つまりデカルトは“手話を言語として認める哲学史上の初期の思想家”と見ることができます。こういう指摘はデカルトの研究家で手話に関・・・
手話の雑学100新着!!
このシリーズも今年から、嗜好を変えて、ここらで哲学では手話をどのように扱ってきたのか、調べてみます。まずデカルトです。 デカルトは「手話は言語だ」と、すでに気づいていたようです。「我思う、ゆえに我あり」で知られるデカルトは、冷たい合理主義者だと思われがちです。実際、哲学者もそう考える人が多数派です。ところが、彼の代表作『方法序説』の一節を読むと、意外なほど温かい視線が潜んでいます。それは、人は声を・・・
正月三日新着!!
正月三日は、元日や二日に比べると行事の数も少なく、どこか影が薄い存在に見えます。しかし、だからこそ三日には「三日だけの役割」が与えられてきました。祝祭と日常の境目に置かれた、静かな節目の日――それが正月三日です。 三日を代表する風習として、まず挙げられるのが「三日とろろ」です。あまり知られていないかもしれませんが、正月三日の朝に、とろろ芋を食べる習わしで、主に関東から東日本にかけて伝えられてきまし・・・
- カテゴリー
- コラム Articles




