ナチュラルアプローチは同化主義


ナチュラルアプローチ

バイリンガル教育はアメリカの他民族に対する公用語教育です。時々誤解されるのですが、アメリカ国内で英語なしに教育を受けることができる、ということではありません。それではモノリンガル教育になってしまいます。二言語とは英語とそれ以外の言語、という前提を忘れてはならないのです。ただ誤解される理由の1つが、アメリカにおける同化主義と多文化主義という思想の対立にあります。「アメリカは人種のるつぼ」ということを聞いたことがあるかもしれませんが、これが同化主義をもっともシンプルに表しています。るつぼとはいろいろな金属を溶かして1つの化合物を作るための壺のことです。漢字では坩堝と書きます。つまりアメリカという国家はいろいろな民族出身の人が混じり合って、作り上げていて、その国家にいる人がアメリカ人、ということです。実際、アメリカ人のほぼ全員がルーツをさまざまにもっていて、民族的分類だと何人になるのかわからない人ばかりです。そして民族を形成している要素である、血統、宗教、言語、文化もかなり混じっています。こういう人々をまとめるには統一的な言語が必要で、逆にいえば言語しか統一できない、と考えるのが同化主義です。植民地時代に宗主国が植民地に言語を押し付けることも同化主義というので、時々、植民地主義と同化主義が混同されます。その同化主義に対して、統一には無理が生じ、どうしても優勢であるアングロサクソン系白人が有利になるので、少数民族が平等になるには、それぞれの言語や文化などを認めるという複合主義あるいは多文化主義を理想とする人々が、とくに少数民族側から提唱されました。実際の人口的には優勢である人々が少なく、劣勢の人口が圧倒的になるにつれ、複合主義が国家政策になっていきました。バイリンガル教育はこうした歴史的・政治的背景から生まれてきた思想です。

このコラムでご紹介したナチュラルアプローチの思想的背景は同化主義です。英語環境において英語母語話者の先生が生活を通して英語を教えるのですから、バイリンガル教育ではなくモノリンガル教育です。ところが日本で聾教育に手話を導入することを希望している人は、前提として日本社会での社会生活の平等を訴えているのですから、バイリンガル教育に傾倒していくのは思想的にありえます。しかし同じ聾教育に手話導入を希望する人がナチュラルアプローチを採り入れようとするのは思想的に矛盾しています。日本によくあるのですが、背景の思想など無視して、方法論だけを採り入れて効率を図ろうという主張をする人がいます。日本には日本のやり方がある、と主張して、正当化を図るのですが、それではいずれ破綻します。小手先の方法だけ採り入れても、根本がわかっていないと、その場しのぎになってしまいます。これはもしかすると明治維新に無分別に西欧文明を採り入れてきた歴史と関係があるのかもしれません。戦後はアメリカ至上主義の人が同じようなことをしてきました。今もその傾向が続いているといえます。その弊害は日本独自というオリジナルな思想や方法論がでてきにくい、ということです。

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