七夕


織女

もう過ぎてしまいましたが、7月1日は半夏生でした。そして今日は七夕です。半夏生は雑節という日本独自の習慣で、今でこそ、雑節と二十四節気は分けられていますが、昔は暦ということで区別せず、お年寄りのいう通りの食べ物や飲み物を用意していた、という生活だと思います。七夕というと、ある落語を思いだします。借りた袴を留守の間に返し、「七に置いた」と書置きします。それを読んだ貸主が「借りたものを質に入れるとは何だ」と怒るのですが、借主は「あれはタナと読むんだ。七夕のタナというのを知らんのか」と反論する噺です。七夕と書いてタナバタと読むのは不思議ですね。実は語源としてタナバタは棚機のことで、棚は織物を置く棚、機は機織りのことです。この行事は古事記にまで遡り、昔はお盆の前の7月7日の夜、神様にお供えを備える棚を作り、機織りをする行事があったということです。タナバタを万葉集では織女と書き、新古今和歌集では七夕と書くようになったそうですから、七夕という当て字は歴史が古いのです。落語の中の借主は職人ですから、そんな知識があったとは思えませんが、落語の作者はこの歴史を知っていたかもしれません。

こうした古式床しい日なのですが、今年は東京都知事選挙と区議会議員補欠選挙があり、この日まで日本全国が騒々しい状態になっています。とくにテレビ・新聞などのいわゆるオールドメディアとSNSを中心とするネットメディアでは結果予想も大きく異なり、いわゆる不祥事や公職選挙法違反への告発などの報道のしかたも、まったく違っています。いわば報道戦争のような状態になっており、そうした情報を受け取る側のデバイスの違い、つまりテレビかスマホ・PCかによって内容が相反するため、そうした情報を元に行動する投票者の行動予測が社会学的には興味深いと同時に予測がむずかしい状況になっています。

このメディア・ギャップは世界的傾向にあり、たまたま7月7日になったフランスの総選挙や、11月のアメリカ大統領選挙の事前予測にも影響しています。一般論として、情報媒体つまりメディアの発明と普及は社会変動や革命の要因となるという歴史があります。古くは印刷の発明による宗教革命、ラジオを普及による選挙結果、テレビの普及による選挙結果がありますから、ネットメディアによる大変革が起きても不思議ではありません。

近年は「情報弱者」と呼ばれる新媒体にアクセスできない社会階層と、「情報強者」である社会階層では社会行動が異なることが予想されます。この社会階層は社会変数として、年齢と単純化する人もいますが、実際には単純に年齢だけで分類できるものではなく、日本であれば、性別、学歴、職業、年収、居住地域など多くの社会変数との相関関係が指摘されないと正しい指標とはいえません。七夕の七をタナと書いた職人の識字能力つまりリテラシーを古典の知識と直結できないのと同じ原理です。しかし、そうした社会学的分析は結果を見てからしか分析できないのが社会学者です。いわゆるマスコミのアンケート調査の社会変数は限定的なので、信頼性が低いのは当然といえます。

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