日本史と世界史で読み解く 北米建国物語 第9回(5) ワシントンと松平定信

― 初代大統領と寛政の改革者、二つの「国家像」 ―
・伊能忠敬の時代へ
そして19世紀初頭、日本では伊能忠敬による全国測量が始まります。1800年、忠敬は蝦夷地の測量に出発しました。その後、日本全国を歩いて測量し、精密な日本地図を作成していきます。これは単なる地理学上の仕事ではありません。ロシアなど外国勢力の接近を背景に、日本列島を正確に把握することは、国家防衛の観点からも重要でした。
興味深いことに、アメリカでは西部を探検して国土を把握し、日本では伊能忠敬が国内を測量して国土を把握していた。同じ19世紀初頭に、両国で「自分たちの国土を知る」という動きが進んでいたのです。
・そしてアメリカは西へ、日本は北へ
19世紀に入ると、両国の領土意識はさらに強まります。アメリカでは1803年、ルイジアナ購入が行われます。フランスから広大な土地を購入したのです。これによってアメリカの領土は一気に拡大しました。翌1804年から1806年には、ルイスとクラークが探検隊を率いて大陸西部を調査します。
一方、日本では蝦夷地や樺太、千島列島など北方地域への関心が高まります。アメリカは「西へ」。日本は「北へ」。両国が、それぞれ異なる方向へ国土を意識し始めていたのです。
・「国土を知る」ことが国家を変える
ここで重要なのは、地図が単なる紙ではないということです。近代国家にとって、「どこまでが自分たちの領土なのか」を明確にすることは非常に重要でした。アメリカでは、西部探検によって新しい領土が地図に描かれていきます。日本では、伊能図によって日本列島の形が極めて精密に描かれました。この時代、「国」というものが、以前よりもはっきりと地図の上に姿を現し始めていたのです。
・ワシントンと定信、その後
ワシントンは1797年に大統領を退任し、1799年に亡くなりました。松平定信は1793年に老中を辞任した後も政治・文化の世界で活動し、1829年に亡くなります。二人の人生は交わることがありませんでした。しかし、二人が生きた18世紀末から19世紀初頭は、世界そのものが変わり始めた時代でした。フランス革命。アメリカ独立。産業革命。ナポレオン戦争。そして大西洋世界の変化。日本にも、その波は少しずつ近づいてきます。
・そして、太平洋の向こうに「新しい国」が現れる
18世紀末の日本人から見れば、アメリカはまだ遠い存在でした。しかし、アメリカは急速に西へ拡大し、やがて太平洋岸に到達します。
1803年のルイジアナ購入。
1804~1806年のルイス・クラーク探検。
1840年代の西部拡張。
1846~48年の米墨戦争。
1848年のカリフォルニア獲得。
こうしてアメリカは太平洋国家へ変貌していきます。その先にあるのが、日本です。日本もまた、北方からのロシアの接近、欧米船の来航、海防問題などに直面するようになります。そして1853年。ついに、その二つの歴史が直接ぶつかります。
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