日本史と世界史で読み解く 北米建国物語 第9回(4) ワシントンと松平定信

十三夜の月のイラスト

― 初代大統領と寛政の改革者、二つの「国家像」 ―

しばらく季節の話題で中断しましたが、第9回シリーズの続きです。

・「連邦」と「幕藩体制」

この日米の政治体制を比較すると面白い違いが見えてきます。

アメリカ:連邦政府→州政府→地方政府。それぞれが憲法によって権限を持つ。

江戸日本:幕府→藩→各領地の行政。幕府を頂点とする政治秩序の中で大名が統治する。

どちらも「中央と地方」という二層構造を持っています。しかし、権限の根拠が違います。

アメリカでは、憲法が重要です。

日本では、将軍と大名の政治的秩序が重要でした。

・ワシントンの二期4年という意味

ワシントンは1789年に大統領になり、1792年に再選されました。そして1797年、二期を終えて自ら退任します。このことは、アメリカ政治史に大きな意味を持ちました。憲法上、大統領の二期制限が明記されていたわけではありません。それでもワシントンは、自ら権力を手放しました。この慣例は後の大統領たちにも受け継がれ、長い間、大統領は二期で退任することが「伝統」になりました。1933年から1945年まで大統領を務めたフランクリン・ルーズベルトが三選、四選されるまで、この慣例は続きます。その後、1951年に合衆国憲法修正第22条によって、大統領の三選が原則として禁止されました。つまりワシントンは、憲法に書かれていない政治的慣行を自ら作ったのです。

・江戸幕府では「長く続くこと」が安定だった

これに対して、江戸幕府では政治指導者が長期間政権を維持することが、むしろ安定の象徴でした。徳川家康から始まって、将軍職は徳川家の中で継承されます。家光。家綱。綱吉。家宣。家継。吉宗。こうした世襲によって、政治体制の連続性が保たれました。つまり、

アメリカ=指導者が交代しても制度が続く

江戸日本=同じ家が政治を継承することで制度を続ける

という違いがあります。

・1790年代、日本とアメリカの「世界」が広がる

18世紀末になると、両国とも国際社会との関係が変化していきます。アメリカは独立国家としてヨーロッパ諸国との外交関係を築き、北米大陸で領土を拡大していきます。

一方、日本ではロシア船など北方からの外国船が接近するようになります。

1792年、ロシアの使節アダム・ラクスマンが根室に来航し、漂流民大黒屋光太夫らを日本へ送り届けました。幕府はロシアとの関係を警戒し、蝦夷地の調査や北方防備を強化するようになります。ここから、日本にとって「外国の存在」が再び大きな政治問題になっていきます。

長い鎖国の時代で、「太平の眠り」から、急に揺り起こされたわけです。「太平の眠りをさまず上喜撰(蒸気船とかけている、喜撰は茶銘柄)、たった四杯で夜も寝られず」という狂歌はうまく時代をとらえています。

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