日本史と世界史で読み解く 日米物語 第14回(4) 第一次世界大戦と日米関係

― 日本はなぜ「列強」になり、アメリカはなぜ世界の中心へ向かったのか ―
・日本は国際連盟の常任理事国になった
1920年、国際連盟が発足します。日本は、イギリス。フランス。イタリア。と並ぶ常任理事国となりました。日本の国際的地位が高かったことを示しています。日清戦争から約25年。日露戦争から約15年。ペリー来航から約67年。日本は、「西洋列強に追いつこうとする国」から、「世界の政治を議論する国」へと変わっていたのです。ところが、アメリカは国際連盟に入らなかった。ここには歴史の大きな皮肉があります。国際連盟を強く提唱したのはアメリカのウィルソンでした。ところがアメリカは、最終的に国際連盟に加盟しませんでした。アメリカ議会、特に上院では、ヨーロッパの国際政治にアメリカが深く関与することへの警戒が強かったのです。ウィルソンと議会の対立は解消できませんでした。結果として、国際連盟を提唱したアメリカが、その組織に参加しないという皮肉な結果になります。これはアメリカ外交の「孤立主義」の強さを示す出来事でした。
・日本から見ると、アメリカはどう見えたのか
日本から見ると、アメリカは非常に複雑な国でした。日露戦争では講和を仲介してくれた。経済的には重要な貿易相手。多くの日本人がアメリカへ移住している。一方で、カリフォルニアでは日本人移民への差別がある。ハワイを併合した。フィリピンも支配している。中国市場への進出を目指している。つまり、友好国でありながら、太平洋で競争する国だったのです。
・「日英同盟」とアメリカ
日本にとってもう一つ重要だったのが、イギリスとの関係です。1902年に結ばれた日英同盟は、日本の国際的地位を高める上で重要な役割を果たしました。しかし、第一次世界大戦後、世界の状況が変わります。イギリスは戦争で大きな負担を負いました。アメリカの経済力は急速に増大しています。そして日本は、太平洋と中国で影響力を拡大しています。こうして、イギリス、日本、アメリカの三者関係が、太平洋の国際政治において重要になります。
・中国をめぐる日米の利害
日本とアメリカの関係を理解する上で、中国問題は非常に重要です。日本は日清戦争以降、中国東北部や朝鮮半島で影響力を拡大していました。一方、アメリカは「門戸開放」を掲げ、中国市場へのアクセスを求めます。つまり、日本=東アジアでの安全保障・権益を重視。アメリカ=中国市場への公平なアクセスを重視という違いが次第に明確になっていきます。もちろん、これは単純化した説明です。日本にも中国との貿易拡大を求める経済的な動機があり、アメリカにも中国における戦略的な関心がありました。しかし、両国が同じ地域に関心を持つようになったことは確かです。
・第一次世界大戦が残した「新しい世界」
第一次世界大戦後の世界では、国家の考え方も変わっていきました。
「帝国」から「国民国家」へ。「秘密外交」から「国際協調」へ。「植民地支配」から「民族自決」へ。少なくとも理念の上では、世界は新しい方向へ進もうとしていました。しかし、現実には植民地は残りました。人種差別も残りました。民族対立も残りました。そして、戦争によって新たな国境線が引かれた結果、別の対立が生まれることもありました。第一次世界大戦は、世界を平和にしただけではありません。新しい問題も大量に生み出したのです。
| 月 | 火 | 水 | 木 | 金 | 土 | 日 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 1 | 2 | 3 | 4 | |||
| 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | 10 | 11 |
| 12 | 13 | 14 | 15 | 16 | 17 | 18 |
| 19 | 20 | 21 | 22 | 23 | 24 | 25 |
| 26 | 27 | 28 | 29 | 30 | 31 | |

