日本史と世界史で読み解く 日米物語 第14回(5) 第一次世界大戦と日米関係

― 日本はなぜ「列強」になり、アメリカはなぜ世界の中心へ向かったのか ―
・日本も「民族自決」の矛盾を抱える
日本は第一次世界大戦後、国際社会で大きな地位を得ました。しかし、日本自身も帝国を持つ国になっていました。台湾。朝鮮。南洋諸島。こうした地域を日本が支配していました。つまり、日本は欧米列強による帝国主義を批判する立場だけではありません。自らも帝国を形成していたのです。ここには、明治日本が「欧米列強に追いつく」過程で生まれた大きな矛盾があります。
・アメリカもまた帝国を持っていた
アメリカにも同じような矛盾がありました。アメリカは「自由」を掲げた共和国です。しかし1898年以降、フィリピンなどを領有し、海外領土を持つ帝国的な国家になっていました。つまり、日本もアメリカも、国内では近代的な政治制度を発展させながら、海外では帝国主義的な政策を進めていたのです。この点は、20世紀前半の日米関係を理解する上で非常に重要です。
・「世界の中心」は大西洋から太平洋へ?
第一次世界大戦後、世界の中心が完全に太平洋へ移ったわけではありません。しかし、太平洋の重要性は確実に高まりました。アメリカ。日本。中国。ロシア極東。ハワイ。フィリピン。これらを結ぶ太平洋地域は、国際政治の重要な舞台になります。特にアメリカと日本という二つの工業国が太平洋で向き合ったことは、20世紀の歴史を大きく左右します。
・「友好」と「競争」が同時に存在した時代
第一次世界大戦後の日米関係を一言で表すなら、「友好と競争の同居」でしょう。両国は戦争中、同じ連合国側にいました。日本は国際連盟の常任理事国となりました。アメリカでは日本文化への関心も高まります。一方で、日本人移民への差別。中国をめぐる利害対立。海軍力の競争。太平洋での勢力拡大。こうした問題も強まっていました。
つまり、戦争が終わったから日米関係が安定したわけではありません。むしろ、「戦争の後、どのような世界を作るのか」という新しい競争が始まったのです。
・1920年代へ
1920年代になると、日本とアメリカはさらに複雑な関係へ進みます。アメリカでは「狂騒の20年代」と呼ばれる繁栄の時代が訪れます。自動車。ラジオ。映画。ジャズ。大量生産。消費社会。ニューヨークのウォール街。アメリカ文化が世界へ広がっていきます。
日本でも都市化が進み、大正デモクラシーと呼ばれる政治・社会の動きが見られます。東京や大阪などの都市文化も発展します。映画。雑誌。ラジオ。大衆文学。カフェ。モダンガール。
こうして日米両国で「大衆社会」が形成されていきます。
・しかし、その繁栄の裏側には不安があった
アメリカでは1929年に世界恐慌が始まります。日本も昭和恐慌など深刻な経済問題に直面します。失業。貧困。農村の困窮。政治不信。こうした社会不安は、各国の政治を大きく変えていきます。日本では軍部の影響力が強まり、満州事変へ向かいます。アメリカではニューディール政策によって政府が経済に積極的に介入するようになります。そして日米関係も、次第に緊張を増していくことになります。
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