戸籍改正による明治維新



旧暦明治5年3月9日壬申戸籍に改正されました。壬申戸籍というと大昔の戸籍のような命名ですが、明治5年の干支が壬申なので壬申戸籍となりました。同じ壬申でも「壬申の乱」の方は有名です。こちらは天武天皇元年(672)に起こった古代日本最大の内乱で、天智天皇の太子・大友皇子に対し、皇弟・大海人皇子が挙兵、反乱者である大海人皇子が勝利して天武天皇になるという、日本では例を見ない内乱でした。壬申の乱と壬申戸籍では1200年の差があり、干支の意味を知っていれば混同することはないと思います。

戸籍制度は今でもあり、国民が生まれたら役所に出生届けを出し、亡くなったら死亡届を出して、性別や年齢だけでなく親子関係や婚姻関係が記録されているもので、要するに国民の分類です。戸籍と住民票は異なり、戸籍は本籍地に登録されています。住民票の方は住所地の役所に保管されています。戸籍の代表者は筆頭者であるのに対して、住民票の代表者は世帯主です。マイナンバーは住民票の個人番号です。

日本の戸籍制度の歴史は長く、庚午年籍(こうごねんじゃく)が大化の改新(645)により戸籍制度ができて、これが日本で最初に作られた全国的な戸籍とされています。実に1377年の歴史があるわけで、世界的にも珍しいといえます。そもそも世界的には家系図や教会による家族簿などはありますが、全国民を登録するという制度は欧米でも近年になってから始まったものです。徴兵や納税や社会保険などのため個人番号を振らざるをえないという事情があって、早くからマイナンバー制度ができました。

壬申戸籍の特徴は皇族から平民までを戸単位で記録した点にあり、皇族、華族、士族、卒族、地士、旧神官、僧、尼、平民などを別個に集計していました。このとき被差別部落民は賎民解放令に基づき平民として編入されましたが、一部地域の戸籍には新平民や元穢多、元非人などと記載されるなど、差別意識は色濃く残っていました。族称は皇族・華族・士族・平民に統合され、その後、明治10年までには卒族・地士・旧神官・僧・尼などの身分が全廃されました。職業も記載様式に含まれていて、華族・士族では禄高を、平民は農工商雑と記され、業種も記載されました。この戸籍では江戸時代の宗門人別の性質を残しており、明治18年に廃止されるまで寺、氏神の記載もあったそうです。今からみると驚きなのが、妾も二等親として明治15年に廃止されるまで、戸籍の登載を定められていました 。使用人・家来などは他人であっても養育している者は附籍として、明治31年に廃止されるまで、養育する者の戸籍に登載されていたそうです。またこの戸籍法により当時の日本の総人口は3311万人と推定されています。もっとも移動などが不正確で遺漏があり、3480万人という推計もあります。

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