アイデンティティの決定要因


アイデンティティ

アイデンティティとは何か、ということが案外理解されていません。訳語が自己同一性というこれもわかりにくい直訳なので、一般には理解されにくい専門用語です。他にもいろいろ訳語があるようですが、もっともわかりやすいと思われるのが「私は何者」という自分で自分をどう考えるか、ということだと思います。その自分をどう思うのかという要因はいろいろあり複雑です。近年話題の性別の問題はその一つで、普通の人は性別だけでなく、国籍とか、年齢とか、社会的地位、学歴などで自分の存在を確認しようとします。それぞれが誇りの要素となっています。逆にそれが劣等感の原因であったりします。あるいは何々家の出身とか、誰々の息子、誰々の嫁、どこそこの生まれなど、出自や門地もアイデンティティの決定要因の1つです。

これらの要因はある意味、日本的な決定要因で、諸外国では、まず人種、民族、宗教などが大区分になっています。実際、民族や宗教の違いから戦争になっています。実はこれらの要素はバラバラに独立的に存在しているのではなく、社会集団(コミュニティ)として共有されていて、一般的に血統、言語、宗教、文化が共有されています。それを民族と考えられています。むろん、すべてがワンセットになるケースばかりでなく、ユダヤ民族のように宗教が核となっているケースもあります。この民族意識がアイデンティティの基盤となっていることが多いので、政治的な社会集団である国家の中に複数の民族が同居している場合は社会問題になりやすいといえます。これが複合民族国家で、単一民族国家は今では稀有といえます。他方、国家をもたない民族も多数存在し、独立運動が起きたり、マイノリティ問題という国内問題になっています。

アメリカという国家は建国当初から複数民族の共生がありました。それは先住民と移民との争いから始まり、今でも移民同士の争いにもなっています。宗教も当初から複数の共存であり、本来は言語も複数共生していたのですが、建国時のアングロサクソン系プロテスタントいわゆるWhite Anglo-Saxon Protestant=WASPがマジョリティとして支配する歴史が長く、言語は英語として統一されるようになりましたが、現実は今でも複数言語が共生しています。今では、アメリカ人は英語を話す白人というイメージは日本でもだいぶ薄れてきたと思いますが、今でも消えてはいないと思います。こうした国家においてはアイデンティティを何に求めたらいいのでしょうか。「アメリカ人」というアイデンティティの根拠は住民であること以外に求めることが難しいともいえます。そのため国籍nationalityよりも市民性citizenshipに重点が置かれています。もし日本人が外国で「あなたはどこの市民ですか?」と聞かれると戸惑うと思います。国内なら住民票のある町名を言うと思います。それでも「東京です」と言う首都圏民やら、「横浜です」という神奈川県民も多いのはアイデンティティがそうだと思っているわけです。つまり細かな事実より自分がどう認識しているかという問題がアイデンティティです。ただ1つほぼ明快なのが言語です。それでもバイリンガルや移民の人々はアイデンティティに悩むことが多いのです。

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