元始祭


皇居

1月3日に皇居では元始祭が行われます。元始祭とは宮中祭祀 のひとつで、天皇 が 宮中三殿 (賢所・皇霊殿・神殿)において陛下みずから主宰する親祭で、皇位の元始を寿ぐ儀式です。元始祭は明治3年旧暦の1月3日 に神祇官八神殿に八神・天神地祇・歴代の皇霊を鎮祭したのに始まるとされています。明治6年1月3日から現在の三殿親祭の形式となったそうです。明治41年9月19日制定の皇室祭祀令では大祭に指定されていました。1年で最初の大祭でした。皇室祭祀令は1947年(昭和22年)5月2日に廃止されてしまいましたが、1948年(昭和23年)以降も宮中では従来通りの元始祭が行われています。明治7年から昭和23年までは祝祭日でした。

1947年というのは米駐留軍による占領下(1945-1952)でしたから、明らかに占領政策の一環です。よく知られているように占領軍は憲法改定という内政干渉である国際法違反をしています。そして宗教行事である皇室行事にも干渉していますから、現行憲法にある信教の自由も自ら違反しているという矛盾があります。もっとも、1948年以降も行事は続けられているのですから、国民が復興させようと思えばできたのですから、国民の側の責任ということもいえます。同じことが憲法についてもいえます。世界中で憲法を何十年も改正しない国は日本だけですし、常識的に考えても、時代が変化すれば憲法や法律を改訂して時代に合わせていくのが合理的なのですが、日本は法律は変更されますが、憲法は改正されず、また旧法のまま残っている法律もかなりあります。日本人は規則を変えることには心理的抵抗が大きいらしく、みんなで相談して規則を決めるという感覚があまりなく、決められた規則を守ることに従順な国民性があります。最近、校則を生徒の合議にする、という教育も一部に始まっていますが、ようやく民主的な規則制定という概念がなじんできたということかもしれません。

元始祭のような宮中行事についても、その意義を再考し、必要とあれば復興するかどうかの議論はしてよいと思われます。議論すらしないというのは非合理的です。外国の視点から見ると、日本は不思議な国だと思われることの一つです。国によっては最も大切とされる聖書や宗務規則などの文言ですら変更したり、解釈を変えたりしています。まして人間の決めた法であれば議論して変えるのは当たり前なのです。

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