テレビの日


テレビ放送

1953年(昭和28年)2月1日午後2時、東京・内幸町にあった東京放送会館のスタジオから「JOAK-TV、こちらはNHK東京テレビジョンであります」の第一声が放送されたことを記念して、テレビ放送記念日が制定されたそうです。当時、都内7ヵ所で一般公開され、開局祝賀会の模様や舞台劇の中継、ニュース、映画などが放送されました。当時のNHKにあったカメラはスタジオ系カメラ3台、中継用カメラ2台だけだったそうです。テレビカメラは今でも最新のものは高価ですが、当時はさらに高価だったと思われます。半年後の同年の8月には日本テレビ、翌1954年(昭和29年)3月にNHK大阪と名古屋、1955年(昭和30年)4月にラジオ東京(現:東京放送(TBS))でもテレビ放送が開始されました。今の日テレが最初の民放だったのですね。1日の放送時間は4時間で、当時の受信契約数は866件だったそうです。当時の大卒の初任給が約8000円の時代に受信料は月200円だったそうで、現在は値下げがあっても1100円ですが、今は衛星放送も含めて1950円ですから、約10倍になっています。テレビ受像機は当時、国産の14インチ型の白黒テレビは17万5000円もしたそうで、テレビは庶民にとって高根の花でしたから、しばらくはお金持ちしか自宅でテレビが見られませんでした。庶民は街頭テレビか銭湯のテレビを見るのが普通の時代でした。テレビ受像機の価格は、今は多種多様なものがあり、一概にいくらとはいいがたいのですが、価格的には大体同じです。大卒の初任給の平均は2023年の場合、約22万5千円だそうですから、大体28倍くらいになった計算です。

NHKが放送を始めるについては、現在もある放送法が制定されました。放送法は戦前の無線電信法に代わるものとして電波法、電波監理委員会設置法とともに電波三法の一つとして1950年(昭和25年)5月2日に公布、同年6月1日より施行されました。これによって日本放送協会は同法に基づく特殊法人と規定されて、社団法人から公共企業体へと改組されることとなりました。

当時はテレビ受像機は高価な家電でしたし、お金持ちか営業用しか購入されませんでした。そしてテレビ受像機がないとテレビは見られない、という独占状態でしたから、受信料をテレビ受像機購入と同時ということに不合理はありませんでした。「テレビを見るからテレビを買う」状態であったのです。しかし現在はPCモニタとして利用する人もいますし、テレビチューナーの付いていないモニタも販売されていますから、テレビを見ない人はそれを買えばよい、という選択性があります。しかし自動車のナビにチューナ付が装備されていたり、チューナだけが売られているので、簡単にはいかなくなってきています。またNHKは見ないと主張する人もいて、ジャミングをかければよい、という意見もありますから、諸事情を勘案したよりきめの細かい契約が必要になってきています。一方でSNSや動画配信が発達し、そこにテレビ局がアーカイブを流すようになってきて、事情はますます複雑になっていますから、法律も改訂の時期が来ているでしょう。

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